一九八〇年前後、化学工業は汎用樹脂から高機能性ポリマーへの展開が叫ばれた。旭化成工業はユニークな物性を示すポリアセチレンに着目。この時、その研究の最前線にいたのが、現在、リチウムイオン二次電池の開発支援を担当する吉野彰部長。その後、電池材料としてポリアセチレンの限界がわかり始めたが、この研究がリチウムイオン二次電池の開発につながる“幸運の女神”となった。
 ポリアセチレンは、二重結合を持ち電気的に充放電できるため二次電池になるが、化学的安定性など「三年目にして限界がみえ、関連各社も撤退した」。
 一方、カーボンファイバーの研究も進み、新しいカーボンも登場、「約二年間、これに合った正極材の探索が続き、八四年ごろコバルト酸リチウムをみつけた」。同時に、アルミ箔とコバルト酸リチウムを組み合わせ集電体とする特許も出願。正・負極の組み合わせ特許とアルミ集電体の特許は、九七年に登録された。旭化成はすでに「八〇年代半ば、リチウムイオンのプロトタイプを生産、サンプル出荷し、ユーザー評価に入った」ほどの素早さだ。
 しかし、市場性がみえなかったことや、同社にとっては電池事業のベースがなかったため、九二年には東芝グループとの合弁、エイ・ティーバッテリーの設立となった。
 また九〇年代初頭は、ソニーが八ミリビデオの電源用にニカド電池を採用し始めるなど、新たな二次電池用途の萌芽がみられる。しかも長時間録画を理想とするため、自ずと当時のニカド電池では限界があった。ソニーのなかでは、独自に二次電池の開発プロジェクトが始動、九一年には同社独力で一気に量産まで漕ぎ着けてしまった。
 旭化成とソニーは、九三、九四年に、双方協力しマーケットを拡大することを前提にクロスライセンスを締結、共同歩調をとった。基本特許を持つ旭化成としては「ニューカマーを排除せず、基本的には公開することで市場を大きくしたい」との方針だ。ただ、同社は現在、ライセンス収入に特化した方針をとり、既存メーカーとの調整が必要になる。さらに同電池向けのポリオレフィン系セパレーターの最大手でもあり、特許料を受け取り、かつセパレーターを販売する難しさを抱える。これについては「あくまでビジネスライクに考えたい。今後は海外の企業も課題になる」と冷静な対応を強調する。

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