がん医療が急速に進歩する。個別化医療につながる創薬研究手法や遺伝子診断、遺伝子改変を駆使した細胞治療と、幅広い分野で新技術が登場する。一方で技術革新に費やした研究開発コストは小さくない。生涯、国民の3人に1人ががんに罹患する。国民皆保険の維持を目指す日本が、イノベーションを日常の医療にいかに落とし込むかが改めて問われている。
 最近、がん研究者に衝撃を与えているのは「アバター・マウス」と呼ぶ、患者の腫瘍組織を移植したモデルマウスだ。アバター(化身)との名の通り、患者の腫瘍組織周辺の細胞環境をマウスに再現できる。がん細胞株を使う従来手法では、治験に進んだ新薬候補が承認されるのは5%だった。アバターの予測精度は80%以上と、新薬開発の効率は飛躍的に高まる。
 日本でもアバターマウスの基盤整備が昨年から始まった。年齢や遺伝子発現、抗がん剤への感受性など患者の臨床情報を付帯したモデルマウスを難治性がんや希少がんについてコレクションする点が、先行する米欧にはない特徴だ。3月から産業利用が本格化し、がん克服に向けてアカデミアや製薬会社による研究が活発化する。
 アバターの樹立には3~6カ月を要し、その間に腫瘍組織を提供した患者は亡くなる可能性もある。そこで目下の患者は、政府が力を入れるがんゲノム医療が切り札になる。患者ごとに遺伝子変異を網羅的に解析し、変異に応じて適切な抗がん剤を選ぶ。コンパニオン診断システムやがん遺伝子パネル検査など複数が承認され、昨年から今年にかけ相次ぎ実用化された。
 それでも、がん遺伝子検査で最適な治療法が見つかるのは患者の1~3割。その点、厚生労働省の専門部会が今月承認を了承した細胞治療薬「キムリア」は究極の治療技術と言えるかもしれない。患者から取り出した細胞の免疫を遺伝子改変で増強し、増殖させた細胞を患者に投与するCARーT療法で、難治性の白血病やリンパ腫の治療に認められた。治験では患者の8割以上で白血病細胞が消えた。
 ただし米国でのキムリアの価格は5000万円程度。がん遺伝子検査パネルも先進医療の患者負担額は約47万円と高額だ。こうした医療技術は患者の生活の質を大きく改善し、労働生産性の向上にも寄与する。無駄な投薬をなくすなど医療費削減の効果も見逃せない。今年春に見込まれる保険適用で、どう価格を設定するか。医療保険財政、最先端の研究開発型企業の対日投資、高度医療の普及・実現など、幅広い側面で日本の近い未来を左右する喫緊の課題だ。

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