世界で実用化されている新薬が日本で開発されない「ドラッグラグ」問題が再燃している。日本が毎年実施している薬価改定が大きな原因の一つだ。販売高が増えると特許期間中でも薬価が引き下げられるため「イノベーションが正当に評価されない」「ビジネスを予見しにくい」と判断され、製薬会社は日本を素通りし、中国市場に力を入れ始めている。

 日本製薬工業協会の分析によると、直近5年間で欧米で承認された新薬は2020年に246品目あったが、そのうち176品目が日本で未承認だった。16年は208品中117品が未承認薬で、その割合は56%。20年には72%まで高まっている。 

 新薬開発は、創薬力の高いバイオベンチャーが先導するケースも多く、経営リソースの観点から日本に拠点を持たない企業は少なくない。こうした場合は日本の製薬会社が国内での開発ライセンスを取得し、実用化を担ってきた。

 ところが日本の製薬大手の主戦場は、世界最大の医薬品市場を抱える米国に移っている。他社からの仕入れ品を日本で開発するよりも、自前で創製した新薬をグローバル開発する方に経営資源を振り向けている。 

 海外製薬大手の日本投資も減っている。米国研究製薬工業協会(PhRMA)によると、協会加盟企業の日本投資は15年が09年に比べて22%増えたのに対し、20年は15年に比べて9%減少した。20年の世界全体での投資は15年比で33%増と拡大しており、日本を敬遠する動きが顕著だ。

 日本は、特許期間中の新薬の薬価維持策の導入議論を10年ごろから開始し、12年に試行的に導入した。現在でもその施策は存在するが、18年に適用条件を厳しくし、さらに想定以上に売れた新薬の薬価を引き下げる仕組みは強化した。米国の製薬メーカーの投資の潮流は、日本の薬価施策の変遷とリンクする。

 日本から引き上げた投資が向かったのは中国だ。PhRMAによると、中国で治験段階にある新薬の数は16年の881件から20年には3003件と急拡大した。日本は1127件から1319件と横ばいにとどまっている。次世代技術を使った新薬開発のシェアでは、10年代後半に日本は中国に逆転された。 

 このままでは日本での新薬開発は後回しにされ続け、ドラッグラグが一段と広がる。コロナ禍は日本の創薬力が極めて弱いことを浮き彫りにした。継ぎはぎの薬価制度が限界を迎えていることも明らかだ。イノベーション評価と保険給付を両立しつつ、世界をリードする創薬産業に向けた戦略が改めて問われる。

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