世界的な景気後退の懸念、新型コロナウイルス感染の再拡大、相次ぐ地政学リスクの高まりなど、人類が乗り越えなければならない課題が山積している。なかでも気候変動は、あらゆる生命の存続を左右する最重要課題である。この数百年の間、大気中の温室効果ガスを増やしすぎた人類は、英知を結集して削減を果たす責務がある。その英知の中心にある化学で、日本は世界に誇る技術力を有する。政府は、改めて化学をイノベーションの中核と位置づけ、課題克服と持続的成長の両立を目指すべきである。

 化学工業は多様な機能を持つ素材や材料を供給し、あらゆる産業のイノベーションの基礎となっている。情報社会の発展、医薬・医療の進歩、食糧の安定供給、水不足の解消など、人類の便利な生活を支えているのと同時に、省エネ・省資源、再生可能エネルギーの拡大、廃棄物の再資源化など、持続可能社会に欠かせない技術や製品を数多く提供している。

 日本の化学工業の2019年の出荷額は約46兆円で自動車に次ぐ2位、付加価値額は約18兆円で自動車を押さえて1位と、柱たる産業であるのは明白だ。従業員数は約95万人で食料品、自動車に続く3位。5年間で9万人ほど増えており、雇用面でも大きく貢献している。

 世界では米国、欧州といった先進国や中国などの新興国が存在感を高めている。19年の化学産業の付加価値額を国別でみると、1位の中国3269億ドル、2位の米国2086億ドルに対し、日本は1636億ドルで3位。ただし出荷額が日本の7倍を超える中国、2・5倍の米国と比べて規模で劣ることを考慮すれば、付加価値を生み出す力は世界トップの水準といっても過言ではない。このイノベーション力は、間違いなくカーボンニュートラル(CN)実現に貢献できる。政府は、日本の化学産業が持てる力を発揮できるよう十分に支援する必要があろう。それだけのポテンシャルを日本の化学産業が有するのは明らかである。

 もちろんCNはイノベーションだけで実現するほど生易しい課題ではない。社会経済システムそのものを作り変える必要がある。それには膨大な資金が必要だ。政府は7月の終わりにGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議の初会合を開き、今後10年にわたって官民で150兆円の投資を進めるべく年内に工程表をまとめるとした。社会経済システムを持続可能なものに作り変えるという国としての本気度が問われている。絵に描いた餅で終わらないよう、実効性のある戦略と計画が絶対条件となる。

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