エーザイと米製薬バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病の抗体医薬「アデュカヌマブ」の日欧米における承認判断の相違は、最先端の科学技術に対する規制当局の姿勢の違いも浮き彫りにしている。

 アルツハイマー病は認知症の4~5割を占め、世界では数千万人規模の患者がいる。既存薬に症状の進行を抑える効果はないが、この10~20年の間、新薬を開発できていない。患者は増え、医療費の増大だけでなく、経済的・社会的損失は大きく、新薬は国際社会共通の課題だ。 

 突破口が、アルツハイマー病で脳内に蓄積するたんぱく質「アミロイド・ベータ」を標的にする治療薬だ。開発の先頭を走るのがアデュカヌマブで、脳内のアミロイドに結合して取り除く作用がある。ただしアミロイドの脳内蓄積が認知症状を起こし、発症につながるというメカニズムはいまだ仮説にとどまる。少なくとも承認を見送った日欧の規制当局は、現時点でそう捉えている。

 アデュカヌマブは大規模な2つの治験が実施された。当初は片方の治験で有効性を示せず開発が中止されたが、もう片方の治験の解析で症状進行を抑制する有効性が認められ、日米欧で承認申請に進んだ。審査した厚生労働省は、結果に一貫性がない、アミロイド減少と治療効果の相関を証明できていないと判断し、昨年末に承認を見送った。脳内出血の副作用も懸念した。欧州とほぼ同じ見解だ。

 日欧の承認見送りより6カ月早い昨年6月、米国食品医薬品局(FDA)は世界に先駆けて承認した。有効性を示せなかった点を懸念したが、承認せずに追加治験データを求めた日本などと違い、承認条件として治験を要請した。承認後の社会実装は困難を極めているが、FDAは片方の治験で有効性を示したポテンシャルを重視した格好だ。

 FDAの承認判断は、アミロイド・ベータを標的とする抗体医薬の開発が活発化していることも背景にある。エーザイとバイオジェンの別の共同開発品や米イーライリリーの開発品が、すでに段階的な承認申請を始めており、その後もスイス・ロシュなどの開発品が続く。多くの企業が研究開発に参入することでこの分野の科学技術が成熟し、大きな成果に結実する可能性を秘めている。

 新型コロナのワクチンの実用化で米国は先駆けたが、アルツハイマー病の新薬が同じシナリオを描くかは分からない。一方で科学技術やその進歩を信じ、先行リスクを背負うことが、最先端分野で世界に躍り出るには欠かせないという面もあるだろう。

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