刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする香港政府の「逃亡犯条例」改正案は、香港の司法独立を脅かすとする民主派の反発やデモの影響で、事実上の廃案に追い込まれた。混乱を招いた香港政府の責任は重い。こうした事態が繰り返されれば経済活動の停滞や金融センターとしての地位低下を招く。政府は、返還時に約束された「一国二制度」の理念に今一度、立ち戻るべきだ。
 条例改正案は今年4月、香港政府が議会に提出した。民主派などは、中国政府に批判的な活動家らの引き渡しにつながるとして猛反発。乱用されれば経済活動も萎縮させるとして関係各界からも懸念が噴出した。
 9日のデモは主催者発表によると103万人。16日には倍増し、全人口750万人の3割に当たる200万人近くに膨れ上がった。デモ隊と警官隊が衝突し、多数負傷者が出た。香港政府が武装してデモを鎮圧するのは珍しい。その風景に多くの市民が中国政府の影をみた。
 抗議活動が過去にない規模に発展した背景には、習近平政権による香港への政治的な締め付けがある。1997年の香港返還時に約束された香港特別行政区基本法に基づく行政長官の普通選挙や、言論や集会の自由などが守られていないからだ。
 この間にも、2014年に学生らが中心部を占拠する「雨傘運動」が起きた。15年には中国に批判的な本を扱っていた書店店主らが失踪し、中国で拘束される事件もあった。今回のデモも「高度な自治を保障した一国二制度が形骸化している」という強い危機感が市民を動かしたといえる。
 外国企業は、香港に高度な自治が認められているからこそ拠点を構えるケースが多い。広東省の広州市や深セン市など近隣都市の経済が拡大し、人民元決済の取引が中心となるなか「香港拠点の意義が問われている。デモを機に、日系をはじめとした外資系企業の香港離れが加速する可能性もある」(香港に子会社を持つ日系化学企業)。
 香港政府は条例の改正作業を完全に停止したと表明しているが、市民はあくまで条例の完全撤回を求めており、不満はくすぶり続けている。警察の一連の強硬措置に対する反発も収まってはいない。
 政治的なトラブルや言論の自由が脅かされるとの懸念は国際社会に広がり、香港の金融センターとしての地位も揺らいでいる。香港統治の原点は安定的な経済の発展であり、その低迷は誰も望んでいないはずだ。香港政府は今こそ真摯に民意に耳を傾け、一国二制度の理念を思い出すべき時にある。

記事・取材テーマに対するご意見はこちら

PDF版のご案内

社説の最新記事もっと見る