二酸化炭素(CO2)を原料として吸収し、化学品原料やたんぱく質などの有用物質を生産する「水素細菌」が再び注目を浴び始めている。石油由来の物質生産より生産過程のCO2排出を削減できるだけでなく、CO2を吸収して有用物質に変換することで大量の炭素を固定化できる可能性がある。実用化できれば地球温暖化対策の切り札になると期待される。

 水素細菌は水素酸化細菌とも呼ばれる。自然界に存在する特殊な細菌で、水素をエネルギー源にCO2を栄養源として取り込む。水素と酸素の反応で生じるエネルギーを利用し、生体内でCO2を有機物に変換しながら自ら増殖する。細菌の遺伝子を改変することで乳酸やエタノールなどの化学品原料、イソブタノールなどのバイオ燃料原料、各種たんぱく質などを効率的に生成できる。

 水素細菌自体は決して新しい技術ではない。1970年代ごろからアカデミアを中心に国内外で数多く研究が続けられてきた。ある文献によるとNASA(米航空宇宙局)は、宇宙での食料として水素細菌由来SCP(微生物たんぱく質)を検討していたという。国内では、三菱化学(現三菱ケミカル)出身で化学工業日報社からも複数の著作を出版している湯川英明氏が、2015年にスタートアップのCO2資源化研究所(東京都江東区)を立ち上げ、実用化に取り組んでいる。

 今なぜ水素細菌なのか。一つはCO2を吸収して資源に変換するという特徴が、カーボンニュートラルという時流にマッチしていることが挙げられる。ただ最大の理由は水素細菌を含むバイオものづくり分野の大きな変革だ。この10年間でDNA合成、ゲノム編集などの合成生物学と、ゲノム解析、IT・AI技術がそれぞれ発展し、より物質生産性を高めた微生物を作れるようになりつつある。

 もう一つの理由は原料。多くのバイオものづくりは植物由来の糖や油脂を原料としており、日本では石油同様に輸入に頼らざるを得なかった。CO2を原料とする水素細菌であれば、その課題を克服できる。エネルギー源に水素を用いることから併せて水素需要を創出、水素社会実現に一役買える可能性もある。

 政府も、経済産業省を中心に水素細菌の実用化へ動き出した。2兆円のグリーンイノベーション基金の新規プロジェクトとして研究開発予算の配分を検討している。数千億円単位の予算が充てられることを期待したい。でなければ合成生物学分野で兆円単位の政府投資・民間投資がなされている米国、中国に対抗していけないであろう。

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