遺伝子を効率良く改変できるゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」(クリスパー・キャス9)の米国での特許紛争にようやく決着がつきそうだ。連邦高裁は9月10日、ヒトとマウスの細胞で使えることを証明した米ブロード研究所のフェン・チャン博士らのグループの基本特許を改めて認めた。基本的な仕組みを発明した米カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授らグループの訴えは退けられた。
 連邦高裁の判断により、米国ではブロード研の基本特許が通用することになる。ただ欧州では、すでにカリフォルニア大の特許が広範囲に認められているなど状況は複雑だ。一方、日本では、まだ両グループとも特許は成立していないが、ともに認められる可能性が高いという。日本企業が国内でクリスパー・キャス9を用いて農作物の品種改良を行ったり、遺伝子治療を開発しようとすると、両者に高額なライセンス料を支払わなければならなくなる。
 クリスパー・キャス9を用いた遺伝子治療は、すでに中国で臨床段階にある。欧米でも治験申請が相次ぐほか、医療応用を目指したベンチャーも続々と生まれている。ある調査会社によると、ゲノム編集技術を用いた遺伝子治療の市場規模は2030年に5兆円に達すると予想されている。
 日本勢は、クリスパー・キャス9の基本特許を欧米に抑えられたことや、特許紛争により、どの特許権が最終的に優先権を持つのかが曖昧だったため遺伝子治療の開発に及び腰になり、国際競争に完全に出遅れた。
 ただ現在のクリスパー・キャス9も完璧なものではなく、医療への応用では多くの課題が残る。一つは「キャス9」と呼ばれる酵素の分子量が大きく、ウイルスベクターに載せることが難しいことから細胞への導入効率が低いこと。そのほかPAMという特定の塩基配列を厳密に認識するためDNAを切断できる個所に制限があることや、標的以外の遺伝子を改変してしまう「オフターゲット効果」が発生するという課題がある。より小型でPAMの制限が少なく、オフターゲットの少ないキャス9の開発が期待される。
 日本勢がゲノム編集技術を用いた遺伝子治療の国際的な開発競争に打ち勝つためには、クリスパー・キャス9の応用技術を磨き上げ、いち早く応用特許を取得する必要があるのではないか。それによってブロード研やカリフォルニア大が保有する基本特許とのクロスライセンスが可能になり、将来に向けた研究開発、ビジネスの自由度が格段に高まるだろう。

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