関東地方も先週、梅雨入りした。鬱陶しいかもしれないが、たとえば路傍のあじさいに目をやってその美しさを味わいたい。あじさいは色形さまざまだが、個人的には濃藍色の鞠形が好みだ▼サッカー日本代表のチームカラーをはじめ国を表象する色とも言える「ジャパン・ブルー」。そもそもは明治初めに来日した英国人化学者のアトキンソンが、町のあちこちに見られる藍色をそう呼んで称賛したのが始まりだという▼1247年に藍を栽培した記録も残っている徳島が藍の一大産地として知られる。安土桃山時代には藩の殖産事業となり、庶民の暮らしに藍染めが浸透していく。そして江戸、明治時代を通じて藍が日本の暮らしの“基本色”になる▼徳島阿波おどり空港がある松茂町で350年近く前に天然藍の取り扱いを始めたのをルーツとするのが化学品商社の三木産業である。弊紙の1987年8月24日付の随想欄に、同社社長だった三木與吉郎氏の『阿波藍に想う』が載っている。三木氏は天然藍染めについて「使えば使うほどに備わる深みのある色合いと、水をくぐればくぐるほどに増す艶は、あたかも年輪を経た気高い人にも似た品位と風格をうかがわせる」と書いている▼藍染めの作務衣を着て、和室の窓から雨に打たれるあじさいを見る。そんな風流をしてみたい。(19・6・12)

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