IT革命や、既存産業を根底から覆す世界的なデジタルディスラプション(デジタル技術による破壊的・革新的な動き)、目まぐるしい変化をみせる国際政治、環境や循環型経済への対応など、企業の経営者にとってビジネスの舵取りが一段と困難な時代に突入している。それゆえに松下幸之助氏が創業時からの経営指針とした「水道哲学」や、「毎日が創業精神」で世界的な女性下着企業であるワコールを一代で築き上げた塚本幸一氏語録など、企業活力の源泉と言える創業時の精神・哲学を広く学ばんとする企業トップも多いだろう。
 国内企業として初めて30兆円の売上高を突破し、中国やアジア地域での自動車販売も好調に推移しているトヨタ自動車。同社が、創業の精神や社員・従業員の心構えなどを記した社員手帳を作成・配布し、愛知県下や中京地区の企業の間で話題となっている。
 トヨタグループの礎となり、豊田紡織などを創業した豊田佐吉翁が残した産業報国の精神となる「豊田綱領」、さらに競争力のベースとなった「トヨタ生産方式」や原価低減の解説、そして社員としての心構えなどが載せてあるという。愛知県の地元紙によれば、デジタルの時代にあえて「紙」というアナログ媒体であり、サイズは文庫本程度、すぐに開いて閲覧できるようにしたという。同社は約7万5000人の全従業員に配布していく。
 百年に一度の大変革期に突入した自動車産業。従来のガソリン、エンジンによるパワートレイン構成の乗り物から電子化、電装化、通信、電池技術など、「姿形は同じだが、今の電気自動車は(従来のガソリン自動車とは)まったく別物」とさえ言われる。電気自動車の普及・量産を世界規模でみれば、覇権を握りつつある中国、それを追う米国や欧州勢などの姿がある。自動車産業を取り巻く世界情勢は、いつ何時に主従逆転や形勢変化が起きてもおかしくない状況だろう。
 その意味で、トヨタが今この時期に創業精神を全社員に訴える手帳を作成して配布することは、逆に同社の危機感の裏返しだとも受け取れる。豊田章男社長は「豊田網領の精神を忘れかけているのでは? 創業の原点を見失った企業は、この変革期にある時代を生き抜けない」と社内で語ったという。企業は、CSRや株主対応など、本業に付加されるさまざまな業務に忙殺される。ただ企業に携わる者は、働く会社の創業精神をみつめ熟慮する、そうした時間も必要ではないか。こういう時代だからこそ-。

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