新型コロナウイルスの感染拡大が収束しつつある中国。第1四半期(1~3月期)の落ち込みは不可避だが、4月以降の経済の急回復を予想する向きも多い。他方、今後の火種として燻るのが長期化する米中対立。中国経済に詳しい東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授は国有企業改革や行政改革と逆行する現在の状況にも警鐘を鳴らす。

◆‥新型コロナの中国への影響について。

 「当初は重症急性呼吸器症候群(SARS)を超える感染の広がりは想像していなかった。政府の対応に批判もあるが、SARS時に比べれば素早く手を打ったといえるだろう。感染はほぼ収束しており、私の見立てでは4月以降V字回復する。それでも2020年通年の経済成長率は当初予想の5・8~6%程度には届かないとみる。SARSが発生した02~03年の中国の産業は製造業中心であり、収束後は反動で皆が車などの購入に向かった。実際、03年は3カ月程度経済が落ち込んだが年間では前年を上回る10%の成長率を記録した。だが、今はGDPの5割超がサービス産業。交通運輸、外食、宿泊などは後で取り返すのが難しい」

◆‥第1四半期のGDPを発表しない手もあると。

 「経済が落ち込んでいるのは明白で普通に考えれば大幅なマイナス成長だ。ただ、わざわざ統計をみて落ち込む必要はない。そもそも国家統計局の公表値にはかなり疑問があり、これまでの行動パターンからすると4~5%程度の数字を出す可能性が高いが、現実とかけ離れている。4月以降の回復を想定すれば20年は上半期のGDPだけを発表するのも一つの選択肢だ」

◆‥新型コロナ以上に米中摩擦の長期化への懸念を示しています。

 「疫病は中国固有のリスクではなく、どこの国でも起こりうるし、いずれは収束する。われわれがより注視すべきは米中の貿易戦争だ。1月15日の第1段階合意で安堵するのは間違いで、少なくとも21年までは終わらないとみるべきだ。中国は今年からの2年で米国からの財やサービス輸入を2000億ドル増やすと約束したが、景気後退局面にコロナもあいまって難しい。ただ、これを達成しないと双方が輸入の7割前後に関税を上乗せしている状況に改善が見込めない」

◆‥貿易戦争の敗者は日韓台だと指摘しています。

 「米国が中国からの輸入を減らすと、その輸入品に組み込まれる電子材料や各種部品を製造している日本、韓国、台湾の輸出が減少する。また、第1段階合意のため中国が米国から輸入を増やすためには日本やEU(欧州連合)からの輸入に数量割り当てなどを導入する可能性もある」
 「こうしたなか、中国を米国向けの輸出拠点とするのはかなり無理が生じており、サプライチェーンの組み直しは不可欠だ。一つの提案だが、第1段階の合意を考えた時、日本企業が中国の目標達成に協力するのはどうか。合意では工業製品を米国から中国に輸入するとしているが、誰から輸入するかは問うていない。それならば日本の車メーカーが米国に中国向け輸出拠点を設けるのは十分ありうる手ではないか。双方に感謝されることになる」

◆‥中国政府の政策やスタンスの変化も強調していますね。

 「習近平氏が共産党の総書記に就任した翌年の13年に開催された第18期3中全会では国有企業の民営化に大胆に踏み込む決定がなされ、改革への期待が高まった。だが、足元では逆行する流れにある。これまでも『ブレることなく国有企業を発展させ、ブレることなく民間企業の発展を奨励、支援すべき』と玉虫色の姿勢だったが、地方政府が管理する国有企業の民営化などは進められてきたわけだ。しかし、19年の4中全会ではここに『国有部門を強く大きくする』という一文が加わった。政府による民間半導体企業の買収など、最近の国有企業拡大の動きにお墨付きを与えるものであり、米国による国家資本主義への批判に対し、中国は国有企業や外資規制をむしろ強化しているように映る。新型コロナの対策をみていても、本来、行政がやるべきところまで党が担うなど行政改革と真逆に進んでいるような事例が散見される」

◆‥米中対立では中国の産業振興策「中国製造2025」がやり玉に挙げられています。

 「そもそも、中国製造2025は内向きの政策であり、私はハイテク産業の発展には無益だと考える。中国はハイテク産業のありとあらゆるものをリストアップして国産化率を高めようとしているが、半導体やスーパーコンピューター、ミサイルなど安全保障や軍事にかかわる国産化はわかるが、スマートフォンなどの民生機械を国産品だけで製造しようとすることは理解できない。ファーウェイの躍進をみても、自社で全て作ったから成長したのでなく、世界に打って出て、世界の知恵や資源を利用したから今があるわけだ。先進国は中国に政策の撤回を求めるべきだが、市場から中国製品を排除するといった反グローバリズム的手法による圧力は逆効果にしかならない。中国の反グローバリズム志向は結局、外国企業が中国で事業を拡大することで骨抜きにするのが最も実効性のある対策だ」(聞き手=但田洋平)

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