〈歳晩の水をみてゐる橋の上〉(耕子)。師走は忙しいだけでなく、一年を振り返り内省的になる月でもある。そして、齢を重ねるほどに実感が強まるのが、時の経過の速やかさである▼「舟に乗って遠ざかるにつれて岸辺にある物の姿がしだいに小さく、見定めがたく、区別しがたくなるが、過去の歳月ならびに当時の体験や行為もその通りである」。ドイツの哲学者ショーペンハウアーの『人生論』の一節だ。長い生涯を老年に振り返るときの心境を比喩的に表現している▼自分の経た一生(一年)が老年期(歳末)になってからみると、何故こうも短いのか。それは「一生をその追憶の短さと同じように思うから」だという。追憶からは取るに足りない事柄や不快だったことはいっさい脱落してしまう。そのために、厚みのない記憶が厚みのない人生と実感させ、それが時の経過は速く人生は短いと錯覚させるということのようだ▼幼少期は、驚きや感動の体験に満ちていて、思い出はぎゅっと詰まっていた。一年が経つのが速いと嘆くことなどなかったように思うが、当然、個人差はあるのだろう▼平成時代も、あと125日。短かったのか、そうでなかったのか。還暦遠からぬ我が身には速やかだったが、二十歳になる我が子の平成は20年であってもきっと充分に長かっただろう。(18・12・26)

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