〈湧き出でし煙動かずと見てあれば空にたなびき犬の首となる〉この歌を詠んだのは日本人初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士。ノーベル賞を受賞するほどの科学者でありつつ、物質世界の探求とはかけ離れた別世界に自らを遊ばせ、精神の均衡を図ったというようなことを書き残している▼きょう9月8日は、1981年に74歳で亡くなった湯川博士の40回目の命日。物理学に関する専門的な論文は読んだことはないが、随想や短歌はわりあい読ませていただいた。物理学者の書く文章はお堅くて難しいのではないかという先入観はご無用。歌もエッセイもなんと平明な文を書く人かと驚かされる▼「年がら年じゅう物理のことばかり考えて、それで一生終わるというのは本当に人間らしい生き方ではないと私は思っている」とも語っている。そういう言葉を使っているわけではないが、「理」だけでも「文」だけでも片一方だけはよくないですよと諭されているように感じる▼さてノーベル賞だが、湯川氏から始まって日本人の受賞はこれまで27人。一気に大台30人などと欲張りはしないが、去年は受賞者がいなかっただけに今年にかかる期待は大きい。「受賞有力候補者」で検索すると、細野、十倉、水島、坂口、飯島、藤嶋各氏らの名前が挙がっている。発表まであとひと月ほどだ。(21・9・8)

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