平成の時代を電子産業の視点で振り返ると、日本の薄型パネル(FPD)業界の栄枯衰勢がみえてくる。液晶パネルは高精細の薄膜トランジスタ(TFT)型へのシフトが進み、用途はパソコンに続きテレビなどに広がった。電機各社はこぞって生産能力を拡大した▼コスト競争力を高めるためガラス基板のサイズが大型化していった。第5世代になると縦横の長さが1メートルを突破。当時、畳よりも大きいガラス基板を安定的に生産できるのかといった懐疑的な声が多かったことを覚えている▼シャープが第6世代の亀山工場を立ち上げたのは2004年のこと。テレビまで一貫生産する体制を構築し、部材メーカーも現地に進出した。しかし韓国、台湾勢の追い上げは激しく日本勢はシェアを徐々に落とし、業界再編が進んでいく▼高画質を売り物にしたPDP(プラズマディスプレイパネル)も生き残れなかった。薄型パネルといってもあまりに重く、「壁掛けテレビ」にはふさわしくなかった。有機ELは技術で先行したものの、事業化では韓国に先を越された▼結局、液晶が主役の座に座り続け、主力生産基地は中国に移った。シャープは鴻海の傘下へ、ジャパンディスプレイも台中連合の傘下に入る。部材では日本勢が健闘しているだけに、パネルメーカーの凋落は残念でならない。(19・4・26)

記事・取材テーマに対するご意見はこちら

PDF版のご案内

精留塔の最新記事もっと見る