雪国の生まれである。子どもの頃は雪が1~1メートル半くらいは積もっていた。小学校の校庭には小山があり、体育の授業でスキーがあった。その山で直滑降やプルークボーゲンを覚えたり、1周200メートルのトラックをスキーで何周か走ったりもした▼いまは昔ほど雪は降らない。半分くらいになったような印象である。温暖化の影響だろうか。故郷だけではなく、東京も雪が少なくなった。頻度も量もどちらもである。だから、雪が恋しくなるときがある。雪が降る様子や雪の積もった景色が見たいと思う。もちろん、通勤に大混乱をもたらすような雪は望まないが▼川端康成のエッセイ『美しい日本の私』の中に、四季折々の美に触れ目覚めるとき、親しい友が切に思われ、よろこびを共にしたいと願う、という一節があった。そして、その折々の美を表す言葉が「雪月花」だという。白居易の詩の一句「雪月花時最憶君(雪月花の時 最も君を憶ふ)」が源流のようだ▼折々の美の代表である雪なのだが、降りすぎればそうは言っていられない。都市機能の麻痺だけでなく、雪国の暮らしの不便の元にもなるし、安心・安全を脅かしもする。だからほどほどに降って欲しいものだが、そう願うのは人間の勝手かもしれない。今シーズン初めて雪を見て、よしなしごとを綴ることになった。(19・2・13)

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