●…新型コロナ拡大の前後で、製造業を取り巻くトレンドはどう変化したとみるか。

 「実は基本的なトレンドに変化はないとみている。もともと、われわれは2020年代の中盤から後半にいわゆる『デジタル革命』が起きると考え、従業員の働き方も含めて準備を進めてきた。新型コロナはこうした変革を加速させる一つのドライバーと考えることができるだろう。私からすると『コロナが来て困った』というより『コロナが来てみんな気付いた』という感覚だ」

 「製造業の歴史を振り返ると、産業革命を経て大量生産大量消費が可能となったおかげで、世界はこれまでグローバリゼーションに向けてシフトしてきた。しかし、デジタル革命が起こす変化によって、パーソナライゼーション(個別化)とリージョナライゼーション(地域化)の2つの新たなトレンドが生まれる。デジタル技術で可能になるマスカスタマイゼーションで個別化が進展し、少量多品種生産となっていく。さらに、必ずしも欧米が中心でなくなり、各新興国市場の重要性も増す。中国の決済サービスをみれば分かるように、地域市場ごとに必要なニーズが異なってくる。こうしたなかで5G(第5世代通信)など通信技術を活用した大きな変化が生じるだろう」

 「これらのトレンドの下、利益をもたらすのは汎用的な素材ではなくサービスとなる。化学産業も素材に注目するだけではなく、サービスと結びつけて考える必要がある。当社もさまざまな対応をしてきた。3Dプリンターを手掛ける米カーボン社には当社も出資しているが、この技術を用いて個別化医療の可能性などを模索している。地域化への対応としては、ディスプレイ材料関連事業は中国へ、ライフサイエンスは米国へ、それぞれ統括機能を移した。拠点の地域化はBCP(事業継続計画)の観点からも役立つ。日韓貿易摩擦では、当社はEUV(極端紫外線)レジストをベルギー拠点から供給できた」

●…危機のなか、業界のあり方をどうみるか。

 「日本の製造業としては、汎用製品の大量生産が少しずつ合わなくなってきているのかもしれない。製造業には新たな製品を作り出す企画の仕事と実際に製品を作る製造の仕事の両方があるが、器用な日本はなにかと両方をやろうとする。だが、新たな設備をどんどん導入する海外企業にこのままのやり方で製造の面から勝つのは難しい。AI(人工知能)などを活用し修繕期間の延長など製造の効率化を図る必要があるだろう。また、日本が製造の面で生き残ろうとするなら、卓越した技術の匠(たくみ)の世界で、少量多品種になっていくだろう。個人的には、日本でもある程度事業の集約が必要になってくると思う。事業の持つ機能とナレッジを最大化しないと海外には勝てない」

 「急激な危機に直面するなかでも、化学産業はこれまで蓄積してきたイノベーションを社会に対し棚卸しすることで貢献できる。例えば、当社では抗菌剤を以前から研究しており、半導体製造工程で異物を除去するフィルターのように菌やウイルスの吸着に利用できないか検討している。また、グループ会社の医学生物学研究所も抗体キットなどの製造で貢献している。研究で培ってきたネタを多様な会社が活用すれば、日本の化学産業全体としても今後の新たな危機に対応できるだろう」

●…新型コロナにともない次期中期経営計画の発表を延期したが、今後は。

 「実は中計自体の作成は終えていたが、コロナ禍にともない土台となる数字を見直す必要性が生じた。新型コロナの影響が把握できれば、おそらく今年末から来年の早期には発表すると思う。当社はかねてからサステナビリティとレジリエンスを重視してきたが、この延長でデジタライゼーションやグローバリゼーションなど、5つほどの柱を決めた。この方針のもと、組織カルチャーの変化を進めていきたい。合成ゴムをはじめとする石油化学一本ではなく、半導体材料やライフサイエンスにシフトして事業ポートフォリオを変革する。事業のなかでも、例えば半導体材料ではレジストだけではなく洗浄剤までポートフォリオを広げる。合成ゴム事業も不採算の製品を入れ替えるなどして製品ラインアップを見直し、効率化を図り、ラインを一部閉鎖するなど、そうしたことをやっていきたい」

●…コロナ禍以前から議論があった株主至上主義についてどう考えるか。今春には米アクティビストが大株主となったが。

 「(新たに大株主となった)米ヘッジファンドのバリューアクトには、われわれのやり方をよく理解してもらっていると感じる。一般的にアクティビストに対してイメージされるような、違和感のある厳しさはない。株主は顧客や従業員も含めた重要なステークホルダーの一つであり、その点でわれわれの姿勢に変わりはない。企業が短期的な株主至上主義に傾いてしまえば、環境対応を含めてさまざまな施策が難しくなるだろう」

 「サステナビリティに取り組むうえで問題になるのは、取り組みが本業ではない『副業』に納まることだ。片手間でやれば多少成功したところで大きな儲けにならない。そうではなく、しっかりとビジネスに取り込まなければならない。その意識で製品開発することが一番重要だと考えて今年度から進めているところだ」

●…社員の働き方への新型コロナの影響は。

 「以前から進めていた準備が功を奏している。最も厳しい感染拡大対策を実施した時には、会長と私、専務の3人しか会社に来ずに、皆が家で業務をできるようになった。ほぼ99・9%の在宅勤務率を達成したと思う。2年ほど前から東京五輪にともなう混雑対応のため準備を進めてきたが、25年近辺のデジタル革命を見据えていたことも寄与した。1人1台のPC、セキュリティーを担保したクラウドネットワークにより、在宅でも全く問題なく仕事ができた」

 「やはり単なるIT利用ではなくデジタル革命こそが必要だ。研究や製造部門などIT部門以外がけん引して変革していかないといけない。すでに半導体材料の改良では、機械学習を用いたAIが人の開発速度を上回ったケースも3例ほど出てきた。マテリアルズ・インフォマティクスや量子コンピューターなどの先端技術を活用しつつ、今後は研究効率を100倍、1000倍に加速させていきたい」(聞き手=佐藤豊編集局長)

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