新型肺炎(COVID-19)の拡大が止まらない。世界保健機関(WHO)も11日、ついにパンデミックになっていると認めた。サプライチェーンがグローバル化したいま、たとえ中国だけが新型肺炎を抑えられても大勢は変わらない。懸念されるのは、新型肺炎の広がりが夏以降も続いて個人消費が激減することだ。スマートフォンもテレビもクルマも売れなければ、部材業界への影響も避けられない。東京オリンピック特需も吹っ飛ぶ。ただ次世代通信5Gやエコカー、AI(人工知能)といった新市場はタイミングが遅れても必ず拡大する。最先端の半導体やフラットパネルディスプレイ(FPD)部材への投資もいまが好機といえる。すでに日本の産業界は度重なる大規災害を経て非常時対策を学習しており、早速部材の代替供給先を探るなど、長期戦が視野にある。米中摩擦だけではなく、新型肺炎によっても中国一極集中のリスクが表面化した。米アップルが生産を委託する鴻海精密工業の稼働率低下から、売上計画を達成できなくなったのは典型事例だ。事業継続計画(BCP)の見直しが全業種にわたって必要になっている。

◆半導体への執念みせる中国 不可避のBCP対策見直し

 新型肺炎によって中国がいかに半導体とフラットパネルディスプレイ(FPD)産業を重視しているのか、強固な意志が明らかになった。発生地である武漢にはフラッシュメモリーを量産する精華大学系の長江ストレージ(YMTC)、FPDパネルの中国京東方科技集団(BOE)や華星光電、天馬微電子といった大手が集積している。政府は武漢地区を封鎖し、人やモノの移動を厳しく制限したにもかかわらず、これらのエレクトロニクス企業は操業を止めなかった。実際BOEジャパンは、「デリバリに遅れはあるが、ちゃんと日本に入荷している」という。部材サプライヤーも「迷惑をかけないように供給責任を果たしている」(JSR)、「営業拠点含め16拠点がすべて稼働中、当社の液晶生産は止まっていない」(DIC)という状況だ。従業員が帰省先から戻れないなどの理由から、半分以下に落ちた稼働率も高まりつつある。
 サプライチェーンの川上にいる部材業界では、事業規模の大きな総合メーカーの方が強い影響をうけているようだ。「安全確保と供給責任のバランスが難しい」という住友化学は、新型肺炎による稼働率低下などから今期の純利益予想が40億~50億円減少する。中国に約40拠点を展開し、3月4日時点で操業が未だ停止しているところもある三菱ケミカルは当初、30億円くらいのマイナス影響を見込んでいたが、「それではすまなくなりそうだ」とみている。工場の人手不足やユーザーの操業停止、物流の混乱などが響いている。
 対して安定操業が続いているのが日産化学。FPD材料などの受注は落ちていない。感染者が落ち着いてきた上海や蘇州拠点の本格再開を目指すが、「中国が感染者の増えた日本からの入国を厳しくしてきたため、対応策を検討中」である。
 中国に複数のFPD材料拠点を構えるJSRは国・地域ごとに対応を図っていて、「韓国、台湾の拠点を含めてビジネスに大きな影響は出ていない」という。ただ日産化学と同じく、「中国で収束しても今度は日本や韓国などからの入国制限が厳しくなる可能性がある」と、先行きを懸念する。
 トクヤマは5日時点で、「目立った影響は出ていない」。「中国政府が移動規制を強化する直前に浙江省の製造拠点に社員が戻れた」と、タイミングも良かった。しかし、「ユーザーの稼働率が下がっており、材料にも影響が出てこよう」とみている。
 江蘇省に高純度薬剤の製造拠点がある東京応化工業は、省をまたいだ物流規制やトラック運転手の不足など、「日々状況が変わっている」という。「中国が落ち着いても今度は韓国・台湾などからの入国が規制されれば、ユーザーである半導体会社に製造装置の保守管理技術者が行けなくなるだろう」と、稼働率の低下を懸念する。
 電子デバイスだけではなく、中国は電池産業にも注力していることから、「張家港の電池材料工場はフル稼働が続いている」(森田化学工業)。

世界の電子材料メーカーが次世代半導体やFPDプロセス材料の開発にしのぎを削っている。将来性の高い中国市場で存在感を高めることが最優先課題だ(セミコンジャパン2019)

◆太陽電池も世界に影響 日本向けは納期に遅れ

 政府の催事自粛要請もあって、空きが目立つ「スマートエネルギーWEEK」(2月26~28日 東京ビッグサイト)会場。来場者は約1万850人と前年の約6万6500人を大幅に割り込んだ。それでも出展キャンセルは、「20%(約300社)にとどまった」(主催者)。浙江省や湖北省の出展予定者は来日自体ができず、「無人ブース」を余儀なくされた。こうしたなか、太陽光発電システムの豪華な展示を行ったのはやはり中国大手。日本市場を攻める後発の「ロンジソーラーテクノロジ」はマスク姿のスタッフが、来場できないユーザーのためにブースの様子やプレゼンをYouTubeにアップしていた。
 中国は太陽光発電システムの中枢である太陽電池パネル生産で世界の70%ほどを占める。それだけに新型肺炎による工場の稼働率低下の影響はFPDパネル同様、グローバルに及ぶ。なかには操業停止にいたった工場もあるが、総じて大手は稼働を続けている。ただ、輸送や梱包材といったサプライチェーンは回復しておらず、モジュールメーカーの休業や架台の不足から日本への出荷が遅れている。
 日本市場で急成長中のジンコソーラージャパンは2019年に1・2ギガワット(GW)の太陽電池パネルを出荷した。市場規模が6~7GWとされる日本で今年は2GWの目標を掲げている。しかし、新型肺炎の影響で架台やパワーコンディショナー(PCS)などが不足して納期が遅れることもあり、「結局1・5GW程度になってしまいそうだ」。
 部材は6月納品分まで在庫するが、その先は不安定。欧米やマレーシアなど6カ所に生産拠点を構えていても、品質要求の厳しい日本向けは浙江省などの中国工場から出荷するしかないという。
 日本市場に参入まもないロンジソーラーテクノロジはシリコンインゴットからの一貫生産メーカーで、余剰のシリコンウエハーはライバルにも販売している。中国だけでなく、安価な水力発電電力が使えるマレーシアでも一貫生産しているが、「木箱や紙箱の業者が生産できず、納期が遅れてしまう」。
 同社の太陽電池パネルはバスバーレス型で、代わりに導電性接着剤で導通をとる。これによって太陽光を無駄なく使って出力を高められる。製品保証12年、出力保証は25年を訴求する。
 電線などを扱う中利テクノロジーグループの太陽電池パネル子会社の「テルサンパワー」は、太陽光発電システムに必要な部材をグループ内で調達できるのが強み。能力増強投資を続けており、日本法人もシェア拡大を図る。米中摩擦を避けるため、米市場にはタイ工場から出荷しているという。
 一方、関連機器も新型肺炎の影響を受けている。PCS大手であるイスラエルのソーラーエッジテクノロジーは、新型肺炎の影響で生産委託先である中国企業の稼働率が下がった。同社は日本市場で豊富な実績があり、今後はメガソーラー向けだけではなく、住宅用の小型PCS市場にも参入することにしている。
 このようななか、中国製太陽光発電システムを扱う商社のnovis(京都府)は、「モノがない。いつもは春節が終われば正常化していた。ユーザーには待ってもらうしかない」という状況。太陽電池モジュールはあっても、一部の中国製部品が調達できずにシステムが組めないこともある。

「スマートエネルギーWEEK」は来場・出展者ともまばらで空きスペースが目立った

◆ワーストケースの想定を 紫光集団・副総裁 坂本幸雄氏

 新型肺炎が中国の半導体産業に与える影響は大きい。各社とも操業は続けているが、長江ストレージ(YMTC)でも(2日時点で)稼働率は約50%に落ちている。しかし、従業員も相当数が勤務できていてサプライチェーンにも大きな問題はない。昨年末、新型肺炎が武漢で発生し、1月からは移動規制がはじまったため、実家に戻れなくなった寮生活の従業員が全体の50%ほどいる。この人たちが中心となって操業を続けている。
 武漢以外の半導体工場の稼働率は80%程度ある。政府は3月末から4月にかけ100%にする方針だが、前提は春節で帰省したり、自宅待機の従業員が戻ってくることだ。
 中国には台湾大手の半導体受託生産会社もある。一番問題なのは台湾に帰省した従業員の多くが、「もう中国に戻りたくない」と考えていることだろう。中国政府が支援する半導体受託生産会社の中心国際集成電路製造(SMIC)にも台湾人が多いため、何らかの影響が出るかもしれない。ただ、この分野で中国のシェアは小さいので業界全体では大きな問題にならないだろう。
 武漢においては半導体部材の多くは日本から入ってくるが、懸念される物流も政府が認可さえすればすむ。中国政府が半導体産業を強化する方針は不変だ。一時的に計画が遅れることはあっても推進する。とくに中央演算処理装置、アプリケーションプロセッサー、メモリー、イメージセンサーは重点分野。
 これからの問題は中国で個人消費が落込むことだ。食堂やスーパーでも対面販売からネットへ移っている。中国の旺盛な内需を前提にした莫大な投資計画なので、内需が増えねば計画見直しは必須だ。
 今年の半導体市場は当初前年比約6%の成長とされたが達成は難しい。でも4~5%はいけそうだ。ただし新型肺炎の収束が遅れ、個人消費が低迷すれば、0%もあり得る。新型肺炎の影響は一時的なものだろうが、ワーストケースを考えておくべきだろう。

◆検疫強化で滞るトラック

 カザフスタン産業インフラ発展省は4日、新型肺炎の感染を防止するためカスピ海沿岸の港でアゼルバイジャンとイランからの船舶や乗客、自動車に対するサービス提供を一時的に停止すると発表した。日本貿易振興機構(ジェトロ)はトレーラーによる輸送に支障が出る可能性を指摘している。

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