世界の化学企業に新型コロナウイルスの感染拡大の影響が広がっている。多くの企業が第2四半期(4~6月期)以降、一段と業績が落ち込むと予想、厳しい経営環境に対応するためコスト管理を徹底する方針を打ち出している。その一つが設備投資の見直しで、欧米や東南アジアなどの企業では大型プロジェクトを延期したり、投資額を削減するケースが目立つ。中国は4月以降、着実に生産が回復している。半導体市場は好調を持続、自動車市場にも回復の兆しがみえ始めた。ただ、内需は本格的な回復にはいたらず、いぜんとして不透明感が漂う。

◆欧米 業績悪化 2Q以降さらに

 新型コロナウイルスの感染拡大は欧米化学企業の第1四半期(1~3月期)の業績に大きな影響を与えた。多くが減収減益を計上、難局に対応するために流動資産をより手厚くする方針を打ち出している。

 「2020年第1四半期は通常とは異なる四半期だった。第2四半期も同様であろうし、おそらく1年を通してそうなるだろう」-4月30日の第1四半期の業績発表に際し、BASFのマーティン・ブルーダーミュラー会長が発したコメントは多くの欧米化学企業首脳に共通した認識である。

 第1四半期は触媒やニュートリション、農業関連の販売量が伸びたことなどで増収を記録したBASF、ニュートリションの成長が他の事業の減速をカバーして前年並みの売上高を保ったDSMを除き軒並み減収となった。収益も多くの企業が悪化した。目につくのは販売量の伸びと原料・エネルギーコストの低下を背景にEBIT(金利・税引前利益)が前年同期よりも増えたイーストマン ケミカルの実績だ。

 ただ、ブルーダーミュラー会長のコメントの通り、第1四半期の低迷はこれからも続く苦境の序章に過ぎない。第2四半期は第1四半期よりも業績が悪化すると予想する企業が多い。ランクセスは第3四半期(7~9月期)も新型コロナウイルスの感染拡大の影響が第1四半期よりも増大すると想定する。第1四半期の業績は主に中国における事業の停滞を反映しているのに対し、第2四半期以降は世界の多くの市場の不振が顕在化することが各社の見通しの背景だ。

 第2四半期以降の業績が落ち込むのは、自動車や建設などの重要な顧客産業の不振が原因の一つだ。19年の年次報告書で20年の世界の自動車生産は前年比1%増加すると見込んでいたコベストロは、第1四半期の業績発表で2ケタ減少するとの予想に転じた。BASFが第2四半期の特別項目控除前EBITがゼロあるいはそれを下回る可能性も否定できないと表明したのも、自動車産業の不振が大きな理由である。

 第2四半期の具体的な業績の落ち込み幅を見通すことは困難な状況にある。しかし、デュポンは5月5日の第1四半期の業績発表で4月の販売量が10%超減少したことを明らかにし、セラニーズは4月27日時点でアンジニアリングプラスチックを中心とするエンジニアード・マテリアルズ事業分野の第2四半期の需要が、前期に比べて約25~35%落ち込む見通しを示しており、状況がより厳しくなっていることがはっきりと分かる。

 第3四半期以降も不透明感は強い。デュポン、イーストマン ケミカル、アルベマール、BASF、ソルベイといった企業が19年の業績発表に際して公表していた20年通年の業績予想を取り下げたことはその証左である。

 こうした状況を背景に、多くの企業が流動資産を増やす取り組みを強化している。コスト削減の拡大と設備投資計画の見直しがその骨子で、4月30日の第1四半期の業績発表でダウのジェームズ・R・フィッタリングCEOが強調したように、キャッシュ創出や現状に合わせた支出調整を目指した施策である。

 工場を閉鎖する企業も出ている。ソルベイは航空機向けの需要減退を背景に、英国と米国のコンポジットの生産拠点を閉鎖することを決めた。同事業では約20%の人員削減も進める。20年末までに計画の主要部分を具体化する意向だ。

◆中国 1Q減速顕著 生産は回復へ

 中国の2020年第1四半期(1~3月)の国内総生産(GDP)は物価の変動を除いた実質で前年同期比6・8%のマイナスとなった。四半期成長率としては記録がある1992年以降で初のマイナス。新型コロナウイルスの感染拡大で、1月下旬から2月上旬にかけて経済活動を全面的に停止した影響が出た。3月以降は自動車や化学産業にも改善の兆しがみられるが、消費減退などが本格回復の重荷となっている。

 4月27日に発表された中国の大手企業(売上高が3億円以上)の第1四半期の利益総額は前年同期比36・7%減の7814億元だった。全41業種のうち実に39種でマイナスとなり、化学原料および製品製造業の利益総額は56・5%減となった。

 中国石化(SINOPEC)の第1四半期の化学部門の売上高は35・4%減の826億元、利益は前年の69億5300万円から一転して15億6800万元の赤字に追い込まれた。

 中央政府が景気回復のための経済活動の再開を指示していることもあり、4月以降の生産は回復傾向を示している。4月の経済統計をみると、生産の動向を示す工業生産は前年同月比3・9%増となり、3月のマイナス1・1%からプラスに転じた。化学原料および化学品製造業の付加価値額も3・2%に拡大している。

 業種別にみて好調を維持するのが半導体市場だ。産業育成を図る政府の方針もあり、中国国内のほぼすべての半導体工場は新型コロナが蔓延するなかでも年初から高水準の操業を続けてきた。今年1~3月の中国の集積回路の生産量は前年同期比16%増の高い伸びを記録。半導体プロセスに不可欠な高純度のガスや薬液を扱う化学メーカーの関連事業の業績は好調に推移している。

 液晶パネル市場は失速気味だ。パネル大手の京東方科技(BOE)の第1四半期決算は、売上高が2%減の258億7900万元、純利益が46%減の5億6600万元の減収減益となった。欧州向けのテレビ価格が急落している。

 自動車市場には回復の兆しがみえる。中国自動車工業協会(CAAM)が発表した4月の新車販売台数は4・4%増の207万台と、22カ月ぶりの前年超えとなった。在庫積み増しのための仮需との見方もあり、「関連素材の売上高は前年比5割以上のダウン」(樹脂メーカー)との声も聞かれるが、日系自動車メーカーを中心に健闘している。

 6月以降の景気浮揚のカギは消費市場の回復が握りそうだ。内需は本格回復にはまだ遠い状況だ。4月の小売売上高は7・5%のマイナスとなった。就業人口の多い飲食店の売上高が31%も減少しており、失業率は6・0%と3月より0・1ポイント悪化している。

 外需の先行きも不透明だ。4月の中国の製造業購買担当者景気指数(PMI)は50・8と好不況ラインの50を2カ月連続上回ったが、前月比では1・2ポイント下がっている。新規受注が鈍り、とくに海外需要が前月比12・0ポイント低い33・5まで落ちこんだことが響いた。

 4月の輸出は大方の予想に反して3・5%増え、3月(6・8%減)からプラスに転じたが、パソコンやマスクなどの特需に支えられた面が大きい。中国で製造する自動車部品の多くも欧米市場に輸出されており、外需の回復が車関連素材の本格回復にも大きく影響する。

◆東南アジア 成長ロードマップに打撃

 新型コロナウイルスの感染拡大は東南アジア化学産業の新規投資案件にも影響を及ぼしている。成長が見込まれる合成樹脂などの内需に対応するため域内各国で計画が打ち出されてきたが、景気の長期低迷への懸念から財務の安定を優先し一部案件で最終意志決定を先延ばす動きが出ている。すでに着工ずみのプロジェクトも商業生産開始が遅延する可能性がある。

 タイ石油公社(PTT)グループで石油精製・石油化学を手がけるIRPCは、パラキシレンで年産能力130万トン級の芳香族製造設備建設(MARS、マキシマム・アロマティクス)の事業化調査(FS)を進めていた。25年第2四半期完工を想定し環境健康影響評価の段階に移行していたが、検討を延長する。

 MARSは17年から本格的にFSを開始し、20年に着工、22年に完成の青写真を描いていた。しかし、その後に中国の供給能力増加や市況低迷で事業環境が悪化したため計画を見直し、当初のスケジュールから大幅に遅れている。今回のコロナ渦で計画実現の壁は一段と高くなる。

 インドネシアではチャンドラアスリ・ペトロケミカル、ロッテタイタンなどがエチレンセンター新設を計画しているが、チャンドラアスリは第2エチレンセンター(エチレン年産100万トン)の投資決定を半年から1年先延ばしする方針。24年稼働の想定で近く最終意志決定するとみられていたが、25~26年にずれ込むとみられる。ロッテタイタンもエチレン年100万トン規模のエチレンセンターを24年に稼働する計画で検討しているが、チャンドラアスリ同様1~2年遅れるとの見方が出ている。

 検討中の案件だけでなく、進行するプロジェクトにも影響が広がりそうだ。

 PTTグローバルケミカルは複数のプラントを建設中で、20~21年にかけて商業生産開始を控えている。今年8月に、年産能力20万トンの酸化プロピレン製造プラント、それを原料に用いるポリオールを三洋化成と豊田通商との合弁で、さらに第4四半期にエチレン年50万トン、プロピレン同26万トンの生産能力を持つナフサ分解炉が立ち上がる見込み。

 「現時点で工事はスケジュール通り進捗している」(同社)という。タイは新型コロナ感染者が減少して経済活動制限は段階的に緩和されているが、移動制限が継続中で、タイへの国際線の飛行禁止も6月30日まで延長した。試運転などを担当する技術者を受け入れられず、立ち上げが遅れる可能性はある。

 ベトナムのプロジェクトは韓国の暁星化学が20年内に予定しているプロパン脱水素(PDH)の稼働が後ずれするもよう。一方、サイアムセメントグループ(SCG)が同国南部ロンソン島で建設している大型石化コンビナートは「工事に支障は出ていない」(ルンロート・ランシヨパート社長)。

 SCGはグループ全体の投融資を縮小する一方、ロンソン石化プロジェクトを成長戦略の中核として推進する姿勢に揺るぎはない。オレフィン160万トン規模のナフサ分解炉やポリオレフィン製造設備を新設し、計画通り23年初頭の稼働を目指している。

 東南アジアは中間層の増加など生活水準の向上にともない化学品市場の拡大が期待され、ここ数年は各国で大型石化コンプレックスの開発や計画が進められてきた。しかし、新型コロナの蔓延で企業の業績は悪化、財務強化や手元資金の確保に重きを置く経営に舵を切っている。収束がみえず世界経済の不確実性は一層強まり、成長投資の実行は一層難しくなる。

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