【武漢(湖北省)=但田洋平】新型コロナウイルスの感染拡大が世界で初めて確認されたとされる中国・武漢市。4月8日の都市封鎖(ロックダウン)解除から5カ月経ち、市内を歩けば完全に落ち着きを取り戻したことが分かる。自動車、半導体の2大産業が活況を呈し、経済指標も軒並み改善傾向を示している。日系企業も引き続き成長市場と捉え、商機を見いだそうと躍起だ。

 市内随一の景勝地で、李白の代表的な漢詩でその名を知られる「黄鶴楼」。9月上旬に訪れると場内は平日にもかかわらず来訪者で賑わっていた。1月23日の都市封鎖とともに閉鎖され、一般公開が全面再開されるのは6月1日まで待たなければならなかった。売店の女性店員は「多くの客がマスクも着けずに見学している」と笑う。

 市中心部にある華中科技大学同済病院。重症患者を受け入れる指定医療機関として新型コロナ感染症治療の最前線となり、4月26日までに重症者3200人を診察した同院も、今は一般外来が集まる日常の風景を取り戻している。唐洲平副院長は当時を振り返り「発熱問診スペースを50倍に広げたが足りず、隣接する銀行のフロアを借りたほどだ」と語る。

 地元政府によれば武漢市は5月中旬以降、市外からの訪問者を除き新たな感染者を出していない。省政府が5月に約1000万人の市民にPCR検査を実施するなど徹底した対策が奏功した。

 武漢市を含む湖北省の上期(1~6月)の域内総生産(GRP)は約26兆2215億円と前年同期比19・3%減に陥った。企業再開が他都市と比べ1カ月以上遅れたことなどが主因で、外出を厳格に制限された影響などから小売総額の成長率は同34・1%と落ち込んだ。

 コロナ禍での人の移動や生産活動制限の影響をもろに受けた格好だが、第1四半期(1~3月、前年同期比39・2%減)のそれと比べれば回復は鮮明。同省政府は経済環境について第1四半期の「停滞」に対し、第2四半期は「再開・回復」と表現する。

 同市に本社を置く光ファイバーの国内最大手、長飛光繊光纜は3月12日、政府に一早く生産再開を認められた1社だ。周理晶副総裁は立ち上げ時の苦労を語りつつ、「5G(第5世代通信)など国内需要は年初から旺盛で、再開後は忙しい日々が続いている」と説明する。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)武漢事務所が湖北省進出の日系企業に対して行ったアンケート調査(7月23~29日、有効回答71社)によると、コロナの今年の収益影響について「マイナス影響がある」と回答したのは78%に上り、都市封鎖の影響が色濃く表れている。

 もっとも、今後の同省でのビジネス方針については「当面(1~2年程度)変更する計画なし」と答えた企業が72%で、「規模を拡大する」企業も23%に上った。規模を縮小すると答えた企業は1社もなく、「当地を引き続き成長市場ととらえている様子が伺える」(ジェトロ)。

 経済回復の背景には同地の2大産業である自動車、半導体の好調がある。同省進出日系企業の半数が自動車関連企業で、中国の7月の新車販売台数は同16・4%増と回復し、「とりわけ、日系企業の好調が際立つ」(現地部品メーカー)。

 事実、武漢の東風ホンダの足元の生産は絶好調。ホンダ系の樹脂成形部品メーカーの総経理は「コロナ前より忙しく、フル操業しても生産が追いつかない」として8月は猛暑日でも増産体制を敷いて対応したことを明かす。

 半導体産業も年初から高稼働を続け、活況を維持している。作業員確保の遅れもあったが、武漢の長江存儲科技(YMTC)なども新設備を順調に立ち上げ始めている。昭和電工など必要な半導体ガスやケミカルを供給する日系企業は、コロナ禍でも供給の手当てに終われていた。

 11年に武漢分公司を設立した住友商事もその1社。翌年には湖北省政府と戦略パートナーシップ協定を締結するなど、早くから同地を重点戦略地域と位置づけてきた。半導体材料事業ではYMTC向けに高純度薬品や化学研磨液(CMP)プロセス部材を納め、収益は年初から好調が続く。

 東風ホンダの関係者は「国内の他都市や日本などから見ると武漢はまだ危険な地域というイメージが残っているかもしれないが、感染を二度と広げないという政府の監視の目は強い。今や中国で一番安全な場所と言えるのではないか」と語る。

 ジェトロ武漢事務所の佐伯岳彦所長はコロナ禍を経て、市民の衛生観念が急速に高まっているとし、「日本の医薬品や健康食品、医療機器・設備などへの関心も高い。他方、まだまだ環境対応などは遅れており、揮発性有機化合物(VOC)対策などでも日系企業にとっては強みの製品で勝負できる新しいマーケットとして期待できるのではないか」とみている。

5月中旬以降、外部からの来訪者を除き新規感染者は出ていない(武漢市の街並み)

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