新型コロナウイルスの感染拡大が世界を揺さぶっている。製薬会社は使命を果たす時である一方、新薬開発の遅れなど事業の停滞を余儀なくされている。さらにポスト・コロナの世界はどう変わるのか。クレディ・スイス証券株式調査部の酒井文義ディレクターに製薬業界への影響を聞いた。
■新型コロナウイルスの製薬業界への影響で注視しているポイントは。
「どの業界にも共通するだろうが、収束時期が読めず影響を定量化できない、これが最も大きなリスクだ。他産業のように赤字業績を迫られる状況ではないが、見通しを変えざるを得ない状況でもないし変えられる前提もない。五里霧中だ」
■渡航や対面が制限され、製薬会社にとって重点戦略のM&A(合併・買収)やライセンス活動に遅れが出る懸念があります。
「経営者の資質やリーダーシップが問われる局面だろう。こうした環境下でも意思決定につなげられるだけの社内の体制をどれだけ整備しているか。業界全体に停滞感が漂っている時期だけに、対応力の差も見えやすい」
「高騰していたバイオ分野のM&Aは株価下落を受けて是正されている。不謹慎な言い方かもしれないが、仕込み時だと考える経営者がいてもしかるべきだと思う」
■短期的にみて事業活動にどんな影響が出ているのでしょうか。
「治験の中断や医薬品の営業活動の停滞といった負の側面があり、また必要な経費を使っていないというジレンマがある。国内製薬会社は医療ニーズの高い治療薬に事業の重点を移していて、処方が大きく減るということは考えにくい」
■中期的にはどのような点を注視しますか。
「治験の半年遅れぐらいならリカバリーできるだろう。米国食品医薬品局(FDA)の査察などが延期される懸念も指摘されているが、現在は査察をこなしていると聞いており、完全に止まったとしても数カ月程度の遅れであれば取り戻せる。ただ、影響の度合いはコロナの問題がどこまで長引くかによる」
■長期的には何を評価しますか。
「定性的だが、この危機を乗り越えるために各社が何をやったのかだ。ESG投資とも結びつく。この10年、製薬大手は感染症から手を引いたが、新型コロナは感染症が非常に重要な疾患領域であることを改めて突きつけた。もちろん企業単独でできることは限られる。業界全体でどう感染症に立ち向かう仕組みを作るか、今回のコロナ対策から学んでもらいたい」
■治療薬やワクチン、原薬などの国産化が進むきっかけになるでしょうか。
「危機的状況に追い込まれれば当然、『日本株式会社』として考えなければいけない。ただ、日本はカンバン方式をグローバルに進め、効率化を追求し過ぎたことが逆に弱みになっている面もある。サプライチェーンの切り替えはそう簡単にはいかないだろう」
■治療薬やワクチンの開発を相次ぎ表明する欧米のように、世界をリードできるメガファーマの存在がさらに必要でしょうか。
「そういう発想はもう出てこないのではないか。とはいえ、皆保険制度や薬価制度というぬるま湯が未来永劫続くかは分からない。長期収載品をあきらめ、医薬情報担当者(MR)を減らすなど効率化できるところは業界全体でそぎ落とし、そのうえで国内事業で収益成長できるビジネスモデルを作ることも必要だ。そうした問題にコロナが一石を投じるかもしれない」
■ポスト・コロナの世界はどうなるでしょう。
「世界の秩序がまた変わっていくような怖さを感じる。分断化や孤立化、その時の指導者によるだろうが、いかに政治が無力で対応力がないかを見せつけられるかもしれない」
「パテント・クリフを買収で補填するというサイクルを繰り返す製薬の事業モデルは投資家も市場ももう評価していない。医薬品に限定しない総合的なヘルスケア企業にいかに転換できるかを期待している」(聞き手=赤羽環希、三枝寿一)