味を感知する細胞や分子の仕組みに関する研究成果が相次いでいる。その理解を深めることで食材の分子構造を変えて別の物質で甘味を感じさせるなど、味を自由自在に設計できる時代も遠くないかもしれない。甘味や塩味を個人の好みに合わせて感じさせることができれば、糖尿病患者でも甘いものを好む人、高血圧のため塩分控え目にしなければならない人、野菜嫌いの子どもに朗報となるだろう。

 味の改良は、食事制限者、要介護者の増加、えぐ味・苦味の強い機能成分の健康食品開発など、食の成長分野で求められている。しかし調理者の味加減や分量調節によってマイルド・濃厚、あるいは複雑な味わいの美味しい料理は作れても、味自体を変化させることは難しい。

 味には甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の五味があり、味蕾と呼ばれる味細胞の集合体が感知し、その情報が神経系を通じ脳に伝達され、甘味やうま味を感じ取ることができる。大まかな仕組みは分かっていたが、伝達に関与する分子や、それらがどのような作用を受けるのかといった詳細部分の解明は最近のことである。東京大学大学院農学生命科学研究科による酸味の受容体発見、味覚伝達機構の解明、京都府立医科大学の研究グループによる甘味・苦味・うま味の情報を変換して脳へと伝える仕組みの分子レベルでの解明、それに続き、今春の最新トピックとして塩味を感じる細胞の同定に成功し、分子メカニズムの解明にも成功した。

 味を感知する細胞の詳細や分子のメカニズムが分かってくると、食品素材の分子を変えて、甘くないのに甘く感じるように設計することが可能になる。天然素材の参考例といえるのがミラクルフルーツに含まれる成分ミラクリンである。味覚修飾物質で甘味受容体に結合し、酸味を味わうと口の中で甘く感じられる。またホウライアオカズラの葉に含まれるギムネマ酸は、甘味を甘く感じなくさせる。食欲の抑制、さらに腸内で糖の吸収を抑えることから、血糖値の上昇抑制作用が知られている。しかしミラクリンの場合、果実は市販されているが、高価で普及が難しい。ミラクリン含有遺伝子組み換えトマトも開発されているが、市場受け入れとなるとハードルは高い。

 甘味、塩味などの体の感知システム内で作用する分子に働きかける素材や、味覚修飾物質に似た分子構造のある素材の開発に道が開かれつつある。生活習慣病を持つ人や要介護者を、医療だけでなく食の分野からもサポートしてQOL(生活の質)を高め、効果的なケアが実現することを期待したい。

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