先頭グループの開発が終盤に差しかかっている新型コロナウイルスのワクチン。最短で秋ごろに供給が始まる見通しだ。日本政府は欧米製薬と相次ぎ契約を結び、接種回数にして1億8000万回分のワクチン確保にめどをつけた。東京五輪に間に合うと期待は膨らむ一方だが、最終治験で科学的根拠が示されるまでは予断を許さない。
 約10年前の新型インフルエンザ流行時もワクチンの開発競争があった。当時と異なるのは、コロナワクチン開発の主役に製薬会社やワクチンメーカーではなく、アカデミアやベンチャーが躍り出ていること。日本政府が供給で合意した英アストラゼネカ品は、オックスフォード大学が、米ファイザー品はベンチャーの独ビオンテックが起源。政府が交渉中と伝わっている米モデルナもベンチャーだ。
 ワクチン技術の進化も垣間見える。日本が現時点で契約を結んでいる欧米由来のコロナワクチンはウイルスの遺伝情報を細胞に投与し、ウイルスのたんぱくを作らせて免疫を得る新タイプ。こうしたワクチンはエボラ出血熱の治験で投与された実績があるだけ。承認や実用化の実績がないという課題はあるものの、遺伝情報が判明すれば、すぐに開発に着手でき、量産にも取り組みやすい利点がある。
 ウイルスから毒性を取り除いた不活化ワクチンや組み換えたんぱくといった従来型は、抗原を投与するので最も免疫を得やすいと考えられている。製造技術の確立に時間を要し、臨床開発に持ち込むには年単位の時間を要するのが課題だが、コロナワクチン開発の2番手グループには、こうした伝統的なワクチン技術が並んでいる。流行の局面ごとに新旧それぞれが役割を担えれば、コロナ対策は大きく前進するはずだ。
 製造では医薬品開発・製造受託機関(CDMO)の存在感が高まっていることも示された。製造リソースを保有しないベンチャー由来の開発品が主流を占め、製造を外注化することが直近10年で一般化したという背景が大きいが、日本のCDMOがグローバル供給に参画できるのは、欧米当局の厳格な査察の経験を経て着実に実績を積み上げてきた成果といえる。
 安全性への懸念が指摘されているものの、ロシアが世界最初のワクチンを承認し、中国が医療従事者への投与を世界に先駆けて緊急的に始めた。これら動きは過去の実績を踏まえれば想像しにくい。今年初め特定されたばかりのウイルスに、世界が異例のスピードでワクチン開発を繰り広げる光景は、科学技術の急速な進歩と製薬産業の地殻変動を見せつけている。

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