コロナ禍でシンガポールは、人やモノ、マネーが行き交うアジア太平洋地域のハブ機能を一時的に失うこととなった。2020年の訪問客は前年比85%減の270万人と過去40年で最低に落ち込み、GDP成長率もマイナス5・8%と、同国経済は大きな打撃を被った。

 しかし政府のコロナ対応は迅速かつ徹底していた。昨春2カ月にわたり外食禁止などを含む部分的都市封鎖を実施し、解除後も在宅勤務や、多人数の会議・集会禁止を厳しく義務付けた結果、現在は市中感染を1日当たりほぼゼロに抑え込んでいる。

 一方で計四度、総額900億シンガポール(S)ドル(約7兆3000億円)に上る経済支援パッケージを発表。シンガポール人労働者の賃金補助や中小事業者への家賃補助も迅速で、ともすれば収集するだけで終わりがちな情報を省庁間で共有統合し、有効利用しているようだ。

 ワクチン接種もいち早く開始し、今年9月末までに外国人を含む全居住者への接種を完了させる予定。「SARS(重症急性呼吸器症候群)の経験が生きた」と政府関係者が口を揃えるように、感染症リスクを現実的に捉え対策を整えていた。

 コロナ禍で生産・物流の安定性や政治リスクの低さなどが証明され、企業のシンガポールへの信頼はさらに強くなったようにみえる。20年の固定資産投資額(工場や研究開発施設の投資、製造装置の導入など)は前年比1割増の172億Sドルと、09年以降で最大。化学産業は安定生産を継続し、20年は前年並みの生産量を確保した。

 地域統括拠点を置く外国企業も増加が続く。昨年はネット大手の騰訊(テンセント)や香港金融大手の富途ホールディングスが統括拠点を設置するなど、中国系企業の海外展開強化でも存在感が増している。

 シンガポールの危機管理や先端技術の導入における機動性・実効性が企業を引き付けるわけだが、それが可能となる理由は、小都市国家であることだけでは決してない。世界最高水準のビジネス環境を整備し続け、それを発信し続けなければ、国家としての存在感を瞬時に失ってしまうという危機感の高さゆえだ。

 製造業がGDPの2割を占める現状の維持を掲げる一方、生産コスト増に直結する炭素税を域内で最初に導入し、製造業の廃棄物削減義務を強化するのも、産業界の将来要請に応えるため。シンガポールに拠点を置く企業もそのメリットを最大化するため、持続可能性に対する感度を高め、研究開発から生産、物流、マーケティングまでを統合し明確な域内事業拡大戦略を描くことが必要だ。

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