化学大手のデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが新たな局面に入ってきた。とくに研究開発(R&D)にマテリアルズ・インフォマティクス(MI)などを導入したり、従来のコンピューターでは不可能だった大規模・大量の計算を可能にするスーパーコンピューターを活用したりするもので、従来は何百日もかかる計算が数週間に短縮できたり、人間には思いもつかない組成の化学品をデザインできるといった成果が現実味を帯びつつある。欧米化学大手は数年前から大規模のスーパーコンピューターをR&Dに活用するなどDXで先行しており、日本勢は早急に追撃体制を整える必要がある。
 イノベーションエコシステムの構築を最重要課題に位置づける住友化学。これまでの自前主義から脱却し、大企業にはない大胆な発想とスピード力で開発を行うベンチャーやスタートアップなどと協業するオープンイノベーションを広げている段階にあり、有望なR&Dテーマが飛躍的に増加した。一方、デジタル技術では「誰でもMI」をスローガンに掲げるなど、データ駆動型のR&Dを追求。過去の実験データとMIを組み合わせることで、まったく新しい液晶ポリマーの組成を見いだすなど成果が生まれつつある。
 三菱化成時代から計算科学の技術とノウハウを受け継ぐ三菱ケミカルは、スーパーコンピューターに匹敵する高性能計算機(ハイパフォーマンスコンピューター=HPC)を今秋、中核研究拠点である横浜のサイエンス&イノベーションセンター(SIC)に導入する。人工知能(AI)やMIといった帰納的アプローチに注目が集まりがちだが、ポリマーなど複雑な化学品をシミュレーションしたり、MIの学習用データを構築したりするには大規模・大量の計算が可能なHPCが武器になる。同社では、こうした演繹的アプローチも強化し、開発スピードを向上させる。
 10年後の2030年は6Gの世界に入り、社会は劇的に変化しているであろう。「AIが電気や水道のように社会インフラとなり、化学もAIを利用した産業に生まれ変わっているのではないか」(住友化学・岩田圭一社長)、「完全にデジタルの世界になり、スマート社会が形成されているイメージ」(三菱ケミカルホールディングス・越智仁社長)。化学大手トップの言葉を出すまでもなく、デジタル社会が早晩到来する。その時にビッグデータやスーパーコンピューターを武器として使い、化学産業は何を生み出し、社会に貢献し続けられるのか。答えを探す時間はあまりない。

試読・購読は下記をクリック

新聞 PDF版 Japan Chemical Daily(JCD)

新型コロナウイルス関連記事一覧へ

社説の最新記事もっと見る