「コロナ禍に勝者がいるとすれば、それはデジタルだろう」-。ある欧米化学大手のアジア太平洋地域統括の言葉だ。感染拡大と都市封鎖により、域内の化学品サプライチェーンは大きな打撃を受け、当然と考えられていた製品のオンタイム供給も困難になった。こうしたなか化学企業は、デジタル技術をテコに物流や製品販売、顧客への技術サービスなどを効率化し、危機を克服しつつある。コロナを境に、生産現場以外でもデジタル技術の活用がクローズアップされている。

 域内でサプライチェーン寸断が最も著しかったインドでは、他国同様に化学産業の事業継続が認められたものの、多くの企業が原料不足や需要消滅で一時生産停止に追い込まれた。国内製品輸送に加え国際郵便も長期間機能しなかったため、信用状取引が成立せず、契約撤回となるケースも少なくなかった。

 こうした状況下、独BASFはインドでGPSなどを使って製品配送トラックの位置や到着を顧客が確認・予測できるシステムを実用化。同社は国土が広大なインドでコロナ前から、携帯アプリを使って地方部の農家に適切な農薬の使用などを助言している。また域内で、AR(拡張現実)技術とリモート会議ツールを連動させ、顧客に遠隔技術サービスを提供する取り組みも始めた。

 米ダウは、顧客がオンライン発注できる製品をシリコーン関連製品以外にも広げ、より簡単に同社製品を購入できる「ダイレクトeコマースシステム」を域内でも構築する方針。また機能化学商社の仏アゼリスは、自社商材に関する情報提供や技術サービスのハブとなるポータルサイトの立ち上げに着手した。

 三菱ケミカルや三井化学などアジア太平洋地域に展開する日本の化学メーカーでもコロナ禍前から、日系・ローカル顧客を対象にプライベート展示会を開催するケースが増えていた。自社の製品や技術を潜在顧客に広く知ってもらい、情報交換の機会を増やし、取引につなげる狙いがある。

 出張や顧客訪問が制限されるなかで、いかに顧客との距離を縮められるかが問われている。コロナ禍で食品や日用品のネット購入がより一般化したが、この影響はBtoB取引にも波及するだろう。

 化学業界で、オンライン販売や製品ポータルサイトをはじめとする「より簡単にモノが買える仕組み」が当たり前となる時代が、すぐ近くにやってきている。リモートですべてが解決できるわけではないが、生産現場以外でもデジタル技術の普及を急ぎたい。

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