世界経済はコロナ禍からの回復過程にあるが、化学業界ではM&A(合併・買収)が活況を呈している。今年はこれまでに、取引額が日本円で5000億円に達する大型案件も2件あった。背景には、事業集約や収益性強化といった企業の個別要因に加え、温室効果ガス(GHG)排出削減要請や、アジア太平洋地域に代表される有望市場での事業強化、国営エネルギー会社の化学事業シフト、そしてサプライチェーンの変容などがあるとみられる。

 プライスウォーターハウスクーパースによると、2021年上半期の化学業界におけるM&A規模は総額約290億ドル(約3兆2000億円、契約発表ベース)と前年同期比2割増。また7月末時点までの最大案件は、いずれも取引額が約50億ドルに達するスイス・ロンザの機能化学品事業売却と、タイ・PTTグローバルケミカルによる塗料用樹脂大手オールネックスの買収だった。

 注目されるのは、両案件とも取引相手が民間投資ファンドだったこと。例えばオールネックスをPTTに売却する米アドベント・インターナショナルは、化学事業経営に深い知見を持つ。オールネックスも、前身企業の買収後に再投資して収益性を高めた経緯がある。近年はメーカー間の直接取引に加え、アドベントのように化学事業のマネジメントに長けた投資ファンドが仲介的な役割を担うケースが増えている。

 一方、英化学大手イネオスは今年1月、英BPの合繊原料・酢酸事業買収を完了させた。同事業はアジアにも生産拠点が多く、域内で存在感を高めたいイネオスの狙いが透けてみえる。中国-米欧間の通商摩擦もあり、アジアで地産地消体制強化を狙う化学企業が、東南アジアに加え、日本や韓国の企業・事業をターゲットにM&Aを行う機会が増えるとの見方もある。

 今年はこのほか、2月に独ランクセスが米国の機能化学品メーカーを約10億ドルで買収すると発表。また6月にはスイス・クラリアントが顔料事業を最大8億5500万スイスフラン(約1000億円)で売却すると発表した。

 米国や欧州は緩やかに金融引き締めに動くもようだが、市場関係者によると化学業界M&Aの活況は続くとの見方が大勢。化学技術はGHG排出削減や持続可能な社会の実現に不可欠で、化学メーカー以外から食指が伸びるケースもあるだろう。ENEOSによるJSRのエラストマー事業買収のように、日本のエネルギー・化学企業にもM&Aを通じた大胆な事業の組み換えと、長期的な成長エンジンの確保を期待したい。

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