欧米の化学企業が現在、最も重視しているのは、できるだけ潤沢なキャッシュを手元に置くことだ。2020年第1四半期(1~3月)の業績発表会見でその姿勢がはっきり分かった。社債の発行やコスト削減、設備投資の削減で手元資金を拡大しようとするケースが目立つ。投資額を減らすため、プロジェクトを延期するだけでなく中止を決めたところもある。

 人員削減に踏み切るのは触媒などを展開するジョンソン・マッセイ。コスト削減をさらに徹底するため、今後3年で約2500人を計画している。石油大手では、BPがエネルギー事情激変を受けて1万人規模を削減する見通しだ。これら事例は、新型コロナウイルスの感染拡大が世界経済に与える打撃の大きさを物語っている。7月下旬以降に行われる第2四半期(4~6月)の業績発表で、人員削減を表明する企業が増える可能性も否定できない情勢だ。

 投資銀行グレース・マシューズの最新レポートでも、化学企業が最も重視するのはキャッシュの保有だと指摘している。それによって流動資産を増やしてバランスシートを強化すれば、新型コロナの感染拡大が長期化して困難な経済状況が続いても生き残れる-と多くの企業が判断していることが分かる。

 レポートでは同時に、不確定な状況下でのM&A(買収・合併)に言及。「M&Aへの取り組みが近々急速に回復することはない」と見通すが、成長や収益の向上のための有効な手段であると考える企業やファンドは少なくないという。

 実際、株主の関心は高いようだ。BASFの株主総会では敵対的買収についての質問があった。「現在の時価総額からすると、BASFが買収の標的になる可能性やアクティビスト(物言う株主)のターゲットになる可能性は否定できない」とマーティン・ブルーダーミュラー会長は答えている。

 アクティビストの意向は、企業の戦略遂行に影響を与えることが多い。ダウ・ケミカルとデュポンの対等経営統合と企業分割には、アクティビストの影響があったとされる。17年にクラリアントとハンツマンが対等合併を取りやめたのも、方針に反対していた投資グループがクラリアントの発行ずみ株式の20%ほどを取得した結果、株主の承認を得ることができなくなったためだ。

 事業環境が大きく変化し、企業の先行きを左右する要因も増えている。こういう時には、透明性のある企業戦略の着実かつ迅速な実行や、すべての利害関係者との継続的な対話が、とくに大切になる。

記事・取材テーマに対するご意見はこちら

PDF版のご案内

社説の最新記事もっと見る