ESG(環境・社会・ガバナンス)を経営の中核に据えることは、もはや企業の常識となってきた。しかしESG経営を標榜するには、人類が直面する待ったなしの社会課題に正面から対峙し、その解決に役立つ究極のイノベーションに挑戦する覚悟が求められる。ESG経営は結果として、企業のあり方を根底から変える概念だと認識する必要がある。

 社会課題を解決するような究極のイノベーションは、個別の企業が単独で実現することは困難だ。各要素で優れた技術を持つ企業が、それぞれの最高の技術を持ち寄り、各社が保有するデータを共有するといった連携が欠かせない。従ってESG経営は、各企業が自社の持続可能性を追求すればよいという、従来のあり方を大きく変えていくだろう。

 研究開発や製品開発の目的も大きく変化していく。化学など素材系のモノづくり企業は、これまで顧客が求める機能やコストをターゲットに製品を開発し提供してきた。業界ナンバーワンの座を獲得するため、強度、耐熱性、加工性、軽量性といったさまざまな機能を向上する開発に力を注いできた。

 しかしESG経営では、社会課題を解決するという目的が最も重視される。例えば日本政府は、温室効果ガス(GHG)の実質排出量を2050年に実質ゼロにする、いわゆるカーボンニュートラルの実現を打ち出した。この命題を達成するような製品開発を行う場合、自社製品のGHG削減効果が他社製品と比較して多少優れている-というだけでは意味がない。ターゲットは個々の顧客ニーズではない。人類が求める社会課題の解決へとシフトし、そのためにサプライチェーンの各段階でベクトルを合わせた開発体制が求められよう。

 社会とのかかわりについても大きく変化する。企業がこれまで行ってきたCSR活動、地域貢献といった取り組みは、循環型社会の実現に向け、企業と市民それぞれが最善を尽くして役割を果たすような、具体的かつ真剣な活動へと変遷していくはずだ。そういった活動を通じ、社会全体がマテリアルのイノベーションの持つ価値を正しく評価し、循環型社会の実現に要するコストを社会全体で負担する意識などにつながるはずだ。

 さらには国際社会との価値観の共有や技術交流も避けて通れない道となる。社会課題に真摯に向き合い、解決を目指すためには、企業の壁、産学官の壁だけでなく、場合によっては国家の壁をも乗り越え、実現し得る極限のイノベーションに挑戦する覚悟が求められる。

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