化学産業は大きな変化の時代を迎えている。化学にとどまらず、あらゆる産業が100年に一度の大変化を迫られているといってよい。根源は大きく2つある。一つはデジタル技術の進化、もう一つは循環型経済の動きだ。デジタル技術の進化は、従来のモノづくりを破壊し、新しいビジネスモデルを構築する可能性が高い。循環型経済も従来の大量生産・大量消費の根底を覆し、新たなイノベーションを要求しつつある。多くの企業で10年後をにらんだ長期ビジョンの策定が進んでおり、その中身が注目される。
 1980年代に商用化された携帯電話。アナログ無線技術を基本とした第1世代(1G)は90年代にはデジタルに置き換わり、メールをはじめとするデータ通信が可能になった。これが2Gだ。2000年代にデータ通信の飛躍的な高速化と国際標準化を可能とする3Gが開発され、世界的に携帯電話が普及した。さらなる高速化技術の進化によって10年代に4Gが登場すると、通話や簡単なデータ通信から多様なサービスを可能とするアプリを主体とするスマートフォンへと主役が代わる。
 20年代は5Gの時代。しかし3Gや4Gの単なる進化版ではない。クルマの自動運転、高精細な映像のデータ伝送、製造プロセス全体を最適化するスマートファクトリー、ロボットアームを使った遠隔手術などを可能にする新しい社会インフラとして定着するだろう。今年の東京オリンピック開催期間中、交通渋滞を避けるためテレワークや在宅勤務を実施する企業があるが、10年後はテレワークが主体となり、出社という考え方が古くなっているかもしれない。テレビ会議や映像を通じたインタビューが当たり前になり、働き方が大きく変容する。
 循環型経済も同様の破壊力を秘める。三菱ケミカルホールディングスの越智仁社長は、数十年後の日本の姿として「マテリアルやエネルギーがバランスしているスマートシティができ上がる」可能性を指摘する。そこではマテリアルリサイクルにしろケミカルリサイクルにしろ、あらゆる化学品がリサイクルされる。素材を新しく製造する必要がない社会かもしれない。
 こうした近未来を想定せず、今あるビジネスの延長線上だけで未来を描くと大きな落とし穴に陥る恐れがある。もちろん未来は誰も正確に分からないが、いくつかのシナリオは描ける。非連続な未来を予測しながら持続的な成長をどう遂げるのか。デジタルと循環型経済という2つの大きな視点がカギを握る。各社が策定中の長期ビジョンに注目したい。

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