医療用医薬品の原薬の多くを海外調達に依存する状況が、新型コロナウイルス感染拡大にともなう工場停止や国際物流網の寸断で鮮明に浮かび上がった。背景には数十年にわたり放置してきた課題が潜んでいる。この間に技術の継承は途絶え、国内製造回帰は一筋縄にいかない。場当たりの対策だけでなく、国の安全保障と捉え、長期視点で構想を練る必要がある。
 医療用薬の主成分である原薬は、廉価な後発品ほど海外依存比率が高い。その代表例は抗生物質。ペニシリンや、その誘導体は現在ほぼ100%を中国が供給する。誘導体はペニシリンだけでなく、多くの抗菌薬の基本原料になる。日本もかつて製造していたが、2000年代の中国のダンピングに屈し、国内工場は閉鎖に追い込まれた。
 中国政府は環境規制を目的に都市部の工場の移転や削減、操業停止などを断行している。年を追うごとに規制が強まり、処罰件数は拡大。昨年発生した江蘇省での化学工場での爆発も、原薬工場移転の動きを加速させるきっかけになった。ペニシリンの発酵工場は中国東北部に移っていき、供給メーカーの集約化が進んだ。
 いま原薬やその原材料、中間体などの供給を担う国は中国、インド、イタリアや東欧だ。これらの国に原薬を依存するのは日本だけでなく欧米も同じ。サプライチェーンの支障は、世界中で同時に医薬品不足に発展するリスクがあることを新型コロナは突きつけた。有事に自国ファーストの政策が一段と進む懸念も提示した。
 解決策として浮上する原薬工場の国内回帰は、簡単に進まない可能性がある。まず採算の問題がある。原薬供給メーカーの集約化や環境規制が強まった結果、ペニシリン類の輸入価格は15年前の3~4倍に高騰している。一方で日本は薬価を2年に1度引き下げ、21年度以降は毎年引き下げる方針だ。
 不採算の医薬品の薬価を引き上げる措置があるものの、上げ幅は小さい。低薬価品の原薬の設備を日本に作っても、投資回収できないとの指摘がある。工場の運営を担える技術者は不足している。また撤退に追い込まれてから数十年を経て製造設備は消失し、エンジニアリング業者も参入しにくいだろう。
 政府はコロナ対策を御旗に国内製造回帰の予算を計上したものの、急ごしらえの内容に見える。医薬品は特性上、世界の患者が恩恵を享受できるグローバルな商材である。国の安全保障につなげつつ、日本の医薬品産業が世界でどう貢献できるのか。長期視点の産業育成策を、腰を据えて議論する必要がある。

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