トヨタ自動車が水素内燃機関(エンジン)車の開発に取り組む方針に転換した。先ごろ富士スピードウェイで行われた24時間耐久レースに、水素内燃機関を搭載した車両を投入し、見事完走させた。

 水素内燃機関車は水素を直接エンジンで燃焼させる。水素は、燃焼にともない空気中の酸素と結びつき水になるだけなので、二酸化炭素(CO2)を排出しない「ゼロエミッション車」が実現できる。従来、トヨタは水素社会の実現に向け、水素と空気中の酸素を化学反応させて電気を作り、その電気でモーターを回して走行する燃料電池車(FCV)に力を注いできた。今回、FCVと同じ水素を用いる水素内燃機関車への参入には、内燃機関を残さなければ日本の自動車産業の競争力を維持できないという、トヨタの強い危機感がうかがえる。

 世界的なカーボンニュートラルの潮流のなか、電気自動車(EV)へのシフトと、ハイブリッド車(HV)を含めた内燃機関車の排除が急速に進もうとしている。欧州連合(EU)は今年7月、HVを含む内燃機関車の新車販売を2035年に禁止する環境包括案を公表した。米国もバイデン大統領が8月、電動車比率50%という30年目標のなかに「HVを含めない」という大統領令に署名した。

 このような急速なEVシフトは、日本の自動車産業の国際競争力を削いでしまうだろう。日本の自動車産業は、三元触媒と電子制御燃料噴射システムをセットにした環境技術で世界を席巻してきた。内燃機関がなくなれば、それら技術は不要になり、日本の技術優位性は失われる。

 また、内燃機関車は3万点の部品が使用される。内燃機関が廃れれば、そのうちの1万点が不要になるため、関連技術や雇用も失われる。国内の自動車関連雇用550万人のうち100万人の雇用がなくなると推定されている。

 水素内燃機関車は、日本の自動車産業の強みを生かし、国内雇用を守りながら、カーボンニュートラルを実現するための選択肢の一つになると考えられる。水素内燃機関車のほかにもアンモニア内燃機関車、CO2と水素で合成するe-fuel(合成燃料)とHVの組み合わせなどの選択肢も、可能性として残されている。

 低炭素化イコールEV化ではない。トヨタのように、日本の強みを生かす、さまざまな低炭素化に向けた選択肢を追求することが重要だ。政府も、国際ルール形成をはじめとした政策面で、トヨタの取り組みをバックアップするなど、官民一体で低炭素という新たな国際競争に立ち向かっていくべきだろう。

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