日本では科学技術関係予算の過度な「選択と集中」や、国立大学への運営費交付金減少と競争的資金増加などが原因で、研究者が基礎研究分野の研究資金を獲得しづらい状況にある。研究者の好奇心から始まった基礎研究は将来役立つかどうか分からない。ただ基礎研究という土台なくしては、既存の概念を覆すようなイノベーションは創出することはできない。基礎研究に十分な予算が回っていない日本は、イノベーションの芽を育てるための学問の土壌が崩れつつあるといっても過言ではないだろう。

 こうした日本のアカデミアが抱える課題を解決する手法の一つとして「学術系クラウドファンディング」がある。研究者はインターネットを通じて、自身の研究アイデアを分かりやすく発信し、その魅力に共感した不特定多数のサポーターから資金的な支援を受けるという仕組みだ。2014年には国内初の研究費獲得に特化したクラウドファンディングサイト「academist」が立ち上がっている。同サイトには購入型と寄付型の2つのプロジェクトがあり、購入型では、支援したサポーターは研究に関するアイテム、講演会の招待券などのリターンを得られる。寄付型では、支援金の額に応じて税制優遇が受けられる。

 デンマークのオーフス大学の竹内倫徳准教授は、academistのプロジェクトに挑戦。5月末に目標額400万円を大きく上回る656万円の資金を集めた。academistを通じた獲得資金として過去最高となる。

 脳科学者である竹内准教授は、獲得した資金で「新奇な体験による長期的な記憶の形成のカギとなる」たんぱく質因子の同定を目指す。同定できれば、効率よく記憶する方法の確立や、加齢によって日常の記憶に障害がみられる健忘症などの原因解明、その治療薬の開発などにつながると期待されている。

 研究者には近年、科学技術に対する国民の理解を深めるため、自身の成果を社会に広く、分かりやすく発信するアウトリーチ活動が求められている。ただ研究者の多くは研究や教育活動に忙しく、その時間を割く余裕がない。

 学術系クラウドファンディングは、研究費獲得とアウトリーチ活動という日本のアカデミアが抱える2つの課題を一気に解決できる可能性があるといえるだろう。基礎研究の成果が一部の専門家だけではなく、広く一般の市民に届くために、また科学と市民との距離を縮め、相互の信頼の下で社会実装されていくためにも、学術系クラウドファンディングが、もっと日本社会に浸透すべきと考える。

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