米中両政府は貿易交渉の「第1段階」合意に署名した。もっとも、大統領選前に手柄を挙げたいトランプ氏と、景気減速に歯止めをかけたい習近平政権の思惑が一致した一時休戦に過ぎず、合意は農産品や金融サービスなど扱いやすいテーマに限られる。摩擦が沈静化したとは、とても言えない。
 日本時間16日未明、トランプ大統領はホワイトハウスに中国の劉鶴副首相を招き、署名式を開いた。トランプ氏が「公正な貿易を実現するための歴史的な取引だ」と胸を張る一方、劉氏も「両国は大局的観点から違いを直視すべき」とし、合意は世界経済の利益になると述べた。一時休戦が確認されて投資家に安心感が広がり、15日のダウ平均株価は最高値を更新した。
 第1段階合意は中国の輸入拡大と米国の一部関税の緩和が柱だ。中国は、米国産の農産品やエネルギーなどの輸入を今後2年で2000億ドル以上増やし、米国は昨年9月に発動した制裁関税(1200億ドル分)の関税率15%を半分に引き下げる。ただ対立終焉には、ほど遠い内容だ。中国は国家主導の産業政策の抜本見直しを拒み、米国も中国製品の約7割に制裁関税を課したままだ。
 合意文書には、中国に対し、知的財産保護や技術移転強要の禁止、米国産農産物の輸入増、金融サービスの市場開放、為替操作の禁止、米国製品・サービスの輸入拡大などが盛り込まれた。合意の確実な履行のための評価の枠組みも設けた。
 もっとも、これらはパフォーマンスの要素も大きい。実際、中国は外資の出資規制撤廃や技術移転強要の禁止する法律を施行済みだ。そもそも合意の背景には大統領選投票まで1年を切るなか、支持基盤である農家に外交成果を誇示したいトランプ氏の思惑がある。中国政府も、経済対立を受けて顕著となった景気減速への歯止めを期待している。両者が本格的な歩み寄りをみせたわけではない。
 本紙が昨年末に実施した在中国の日系企業の代表者へのアンケートでは、9割の企業が「第1段階合意は小さな一歩に過ぎず、産業政策の見直しなど多くの課題を残す」と答えている。トランプ氏は早期に第2段階交渉を始めるというが、合意の時期は11月の大統領選後を示唆する。関税合戦の終息はいぜん見えないままだ。
 二大大国の経済対立は米中のみならず、世界経済全体の減速につながっている。多くのサプライチェーンを寸断し、産業に深い傷跡を残していることを両者は直視しなければならない。両国は早期の”終戦”に向けて知恵を絞るべきだ。

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