世界的潮流である脱炭素への対応は、日本の化学産業にとっても重い課題だ。業種別の温暖化ガス排出量で、化学は火力発電、鉄鋼に次ぐ。日本化学工業協会も2021年5月に公表した「カーボンニュートラルへの化学産業のスタンス」で、50年のカーボンニュートラル(排出量実質ゼロ)宣言を「持続的な社会に向けたあるべき姿」としつつ「野心的目標」と評した。

 実際、現場では温暖化ガス排出削減に向けた検討が始まっている。出光興産はIHIと組み、22年度中に徳山事業所(山口県周南市)のナフサ分解炉でアンモニアを混焼する実証に乗り出す。ナフサを分解する熱源にアンモニアを利用する国内初の試みだ。

 他の総合化学でも昨年末から、30年以降を見据えて石化事業や投資のあり方を議論している。その企業の石化担当役員は「収益性と安全・安定操業はもちろんのこと、カーボンニュートラルの取り組みなくして石化事業は生き残れない」と語る。ただ現時点で多くの化学企業が“多変数の連立方程式”を前に頭を抱えているのも事実。将来の電源構成などが不明確で、未確立の技術に頼る必要があるなど不確定要因は多い。

 では、われわれは何を羅針盤に過去に類を見ない構造変化と対峙すべきか。英調査会社アーガス・メディアの日本代表を19年務め、先月末退任した三田真己氏は「カーボンニュートラルが政治的動機に基づくことを忘れてはならない」と指摘する。特定国の急成長と化石燃料の大量消費への危惧から、自由主義や資本主義の覇権を維持するための新たなルールとして、カーボンニュートラルが出来上がった。それ故に不可逆ではあるが、時間経過とともに「実質ゼロの『実質』をどう捉えるかなど実現可能な方策が示される」(三田氏)とみる。

 カーボンニュートラル時代の「ゲームのルール」は、人工的な手法によって実質ゼロを目指すことだ。例えば化石燃料を単純にエネルギーとして消費するのではなく、再生可能エネルギーと組み合わせて水素や炭素、硫黄などを取り出し、電気や構造材料、バッテリーなどに活用する。三田氏は「これからは産業分野を縦横断する新たなエコシステムを構築する技術開発競争の時代に入る」と語る。

 革新技術によって実質ゼロを目指すなか、素材も耐久性や環境性能が高く評価されるようになり、より高い付加価値が認められる。つまりカーボンニュートラルは「革新素材の時代」の幕開けを意味する。脱炭素の本質を理解することで、目の前の地殻変動が悲劇ではなく、新たなチャンスとして見えてくる。

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