難治性がんや遺伝性疾患などへの効果を見込める最先端の遺伝子治療で、日本が出遅れている。iPS細胞などによる細胞移植や組織修復といった再生医療分野は日本の強みが生かせる位置にいる。ただしiPS細胞研究の世界的トレンドは、治療よりも病態解明や創薬への応用に移りつつある。遺伝子治療にも足場をいち早く作らないと、先端医療で産業発展の機会を失ってしまう。

 再生医療分野の論文において世界の先頭を走っているのは欧米だが、日本も一定のシェアを占め、被引用数論文でも上位にある。一方でウイルスベクターやゲノム編集などを用いる遺伝子治療の日本の論文投稿は少ない。米欧に加え、中国とも差が開く状況にある。 

 日本医療研究開発機構(AMED)の主導で行われた調査によると、世界の再生医療・遺伝子治療の市場規模は2020年の2200億円から30年に7・5兆円、40年に12兆円と急速に膨らむ。日本が得意な細胞移植と並び高成長を見込めるのが遺伝子治療で、40年の市場の約6割を占めるとみられている。

 遺伝子治療は、患者から取り出した細胞を遺伝子加工して再び細胞を患者に戻す「ex vivo(エクス・ビボ)法」、遺伝子をベクターなどを使って患者に直接投与する「in vivo(イン・ビボ)法」の2種類に大別できる。前者は難治がんや感染症などに、後者は遺伝性疾患やパーキンソン病などの神経難病で治療研究が進む。

 日本は遺伝子治療領域の過去の失敗で研究者が離れ、ウイルスの取り扱いや遺伝子操作などのルール整備でも遅れた。研究テーマや臨床開発の実績は極めて少なく、仮に現行の研究開発水準から上向かなければ、「40年の日本の世界シェアは1割にも満たない可能性がある」(AMEDの調査)。

 こうした遺伝子治療分野にはすでに欧米製薬大手が参入し、アカデミアやスタートアップの研究成果を実用化するエコシステムを形成している。日本でも大学などの成果が出始めているが、製薬会社の連携の動きはいまだ鈍く、産官学一体の産業育成策を強力に推し進める必要がある。そうでなければ日本発の成果が埋もれたり、海外企業に奪われたりしかねない。

 コストにも目配りしたい。今年承認された難病向け遺伝子薬の薬価は約1億6700万円と過去最高だった。対象患者が少なく、医療費全体への影響は現時点では小さい。ただ治療対象の疾患や製品数が増えれば医療費の押し上げ要因になる。先端医療と保険給付をどう両立するかも、併せて議論が必要だ。

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