企業を取り巻く環境が大きく変化する中、経営トップの「言葉の力」が重要になっている。働き方改革やコロナ禍でリモートワークが普及し、国境を越える移動制限も続いている。そもそも多様な価値観、バックグラウンドを持つ社員が同じ船に乗っている。経営トップが発する明快なメッセージは求心力を保ち、人を動かす原動力になる。

 先頃の事業説明会で、旭化成の小堀秀毅社長は「『GDP』を高めることで社会に貢献し、企業価値向上を図る」と語った。国の経済力を示すGDP(国内総生産)になぞらえて「グリーン(=温暖化ガス排出削減)」「デジタル(=デジタルトランスフォーメーション、DX)」「ピープル(=人財基盤の整備)」を重視する姿勢を発信した。単なる語呂合わせと謙遜するが、グループ4万人の社員への浸透を意識し、印象に残るキャッチーな言葉で目指す方向性を語ったとも言える。

 先日、社長交代を公表した昭和電工。来年1月に会長に就く森川宏平社長も平易な言葉で目指す方向を語ってきた一人だ。歴史的なM&A(合併・買収)で黒鉛電極事業を立て直した後には「期待の持てる将来を示す」、日立化成(現昭和電工マテリアルズ)の買収後は「両社統合の変化で生まれる刺激を進化に変える」といった具合だ。23年の完全統合に向けた精神的支柱の役割もあっただろうが「早すぎる交代」を選択した。

 だが、森川氏は「統合後の新たな会社の文化や価値観を作り上げるために、このタイミングでの交代が最善」と言い切った。「統合会社の社長に一番必要な能力を持つ」として、高橋秀仁常務執行役員が新社長に就く。

 高橋氏は外資系企業で経営トップの経歴を持ち、15年の昭和電工の入社後は黒鉛電極事業や日立化成の買収の実務面を取り仕切った。グローバル企業で培った決断力やマネジメント感覚などが長期ビジョンで掲げる「世界で戦える会社」に必要として経営のバトンを託す。高橋氏は会見で「人材育成が最大の戦略イニシアティブ」と語った。人を生かすも生かさぬも経営陣の求心力。次代のリーダーの次なる言葉に耳を傾けたい。

 今年4月に就任した三菱ケミカルホールディングスのジョンマーク・ギルソン社長。6月の株主総会で株主を前に「組織と戦略をシンプルで明確にし、投資家にとってわかりやすく、説得力のあるものにする」と語った。社内で議論を積み重ね、12月ごろに新たな戦略を公表する計画だ。大胆な変革の担い手として経営を託されたギルソン社長がどのような未来を語るのか、その言葉も注目される。

記事・取材テーマに対するご意見はこちら

PDF版のご案内

コラムの最新記事もっと見る