智(ち)に働けば角が立つ。情に棹(さお)差せば流される。意地を通せば窮屈だ。確かにそうだ。有名な夏目漱石の『草枕』の書き出しは、自分の経験を振りかえってみても、どれも思い当たるフシがある。ただ、兎角(とかく)に人の世は住みにくい、と断言するほどではない▼神経が細やかだったとされる漱石だから、人の世の住みにくさを人一倍感じていたのだろうか。そんな想像は無意味だろう。作家がさまざまな効果を計算し、創作した作品なのだから。作家でなくとも、誰かが書いた文章をそのまま鵜呑みにするのは危険だ。SNSなどでさまざまな書き込みが拡散する現代ならなおさらだ▼さて、人間はとかく腹を立てる動物だ。ルールを守らない人に腹を立て、余計なルールを作ったと言っては腹を立てる。お節介が過ぎると腹を立て、無視されるとさらに激怒する。腹を立てた原因が思い過ごしや誤解だったりするのも珍しくないから厄介だ▼そんなわけで、無闇に腹を立てないよう努力しなければならない。お互い、腹を立てないように気を遣う配慮も欠かせない。それは人の世が住みにくいのではなく、心得ておくべき所作といえる。ただし、怒らせたらマズい人であっても、場合によっては厳しい指摘をする。それが小紙の使命であることも付け加えておきたい。(20・12・1)

記事・取材テーマに対するご意見はこちら

PDF版のご案内

精留塔の最新記事もっと見る