新型コロナウイルス感染症陽性者の早期発見・隔離のため、政府が抗原検査の利用拡大を進めている。今月上旬には最大約80万回分の簡易キットを小学校などに配布する取り組みを開始。デルタ株への置き換えが進み、子どもにも感染が広がるなか、クラスターの発生阻止につなげるのが狙いだ。企業も増産体制を敷き、需要に応えるキットの安定供給に努めている。また、付加価値を高めた検査キットの投入も相次いでいる。

 <クラスター防止へ配布対象拡大>

 「学校でも抗原検査キットをぜひ活用してもらいたい」。新型コロナウイルス感染症対策を厚生労働省に助言する専門家組織「アドバイザリーボード」の脇田隆字座長(国立感染症研究所所長)は、小学校などでの配布が始まることについてこう語った。

 政府は、8月25日付で変更した「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」に、新たに中学校、小学校、幼稚園などにも最大約80万回分の抗原検査簡易キットを配布するとの記述を盛り込んだ。これまで大学や専門学校、高校などにとどまっていたが、感染力の強いデルタ株が主流となっていることなどを受け、対象を広げた。発熱や喉の痛みといった軽い症状を呈した教職員に加えて、小学校4年生以上の児童生徒に使うことを想定している。

 5月にアドバイザリーボードのメンバーがまとめた提言をきっかけに、政府は積極的な抗原検査を行う方向へかじを切っている。専用設備がいらないなど手軽に検査できる利点を生かし、軽症状者をいち早く捕捉することで、クラスターを防ぐのが目的だ。まず医療機関や高齢者施設などを対象に最大約800万回分を確保・配布するとの目標を掲げ、足元では約554万回分に達している。

 2日時点では、国内で薬事承認を受けた抗原検査キットは、東洋紡の「イムノアロー SARS-CoV-2」やロシュ・ダイアグノスティックスの「SARS-CoV-2 ラピッド抗体テスト」など14社16品目。手がける各社も、安定供給が可能な体制の構築に取り組んでいる。

 2022年度末までにベトナム工場で月産200万個体制を整える計画を打ち出すのは富士フイルム。今年4月から設備投資を実施している。国内では南足柄市(神奈川県)の工場でも製造しており、総能力は非開示だが、国内外2拠点体制となる。

 デンカの場合、五泉事業所鏡田工場(新潟県)で昨年11月に能力を引き上げた。1日最大10万検査分から同13万検査分に拡大。全国から問い合わせがあるといい、「需要に応じて供給」(同社)している状況だ。ロート製薬やH.U.グループホールディングス傘下の富士レビオも、国内で生産体制を順次、立ち上げている。

 <さらなる増産投資には慎重姿勢>

 ただ、政府が抗原検査キットの積極的な利用を呼びかけ、需要増が見込まれるものの、さらなる増産投資計画を明言しているメーカーはほとんどない。

 各社が慎重な投資判断を迫られる理由の一つが、感染状況が見通せないことだ。あるメーカー関係者は、ワクチン接種の進展を挙げ、「検査需要がどのように推移していくかの見通しは難しい」と指摘する。キットを提供する企業が増え、競争が激しくなってきていることも新たな投資をためらわせる。

 もう一つの理由が、政府の呼びかけにもかかわらず、抗原検査の普及が進んでいるとは必ずしもいえないことだ。病院や高齢者施設、大学などの教育機関に配布を行う一方、政府は職場での抗原検査キットの積極的な利用を求めている。だが、実際に日常的に使っている企業はそう多くないとみられる。

 「感度も向上してきた。使い方次第では効果が期待できる」(河岡義裕東京大学医科学研究所特任教授)ものの、流行初期に培われた“劣る”とのイメージが今なお残ることも大きく、手軽にPCR検査ができるようにしてほしいとの声が目立つ。

 こうした流れもあり、目下、各社が力を注ぐのが抗原検査キットの高付加価値化だ。その代表例が、インフルエンザとの同時検査キット。デンカや富士レビオが市場投入を図っている。

 発熱など初期症状だけでは見分けにくいため、手軽に検査できる需要は根強くある。10~20分という短時間で判定できるのもポイントで、クリニックを中心に活躍を見込む。

 富士フイルムは、高感度検出技術を応用した、装置で検査するタイプのキットを3月に発売した。写真現像プロセスで使う銀塩増幅反応などを使うことで、一般的なイムノクロマト法より高いウイルス検出能を示すことができた。7月には、同様の原理で装置を必要としないハンディタイプのキットも販売。高感度を前面に、需要獲得に結び付ける。

 激しさの増す国内抗原検査キット市場だが、より付加価値の高い製品を投じられる企業だけが生き残りそうな様相を呈している。(橋本隼太、堤洸士郎、吉水暁)

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