- コロナ禍からの回復には時間を要しそうです。

 「全て元の状態に戻るかの見通しは難しいが、業界全般的なところでは年明け、実質的には2021年4月以降ではないか。中国経済がかなり回復してきているので、顔料を供給する化粧品分野でいえばドル箱の市場がカバーしてくる。自動車生産台数も徐々に戻り、EV(電気自動車)にシフトする中で以前とは違う形で回復してくるのでは。5G(第5世代通信)の通信基地局分野では、当社の主力素材であるエポキシ樹脂関連は一貫して好調だ」

 「当社の海外生産拠点はほとんど影響が出ていないが、あえて言うならロックダウンしたインドで供給面に一部支障が出た。新聞などを駅の売店で買うのが当たり前という国では、人の移動制限のなかで少しインキの需要も縮小したようだ。出版・新聞インキについては生産体制最適化に取り組んでおり、これまで通り粛々と進める。パッケージ用は巣ごもり需要のような一過性というよりも、食の安全などがフォーカスされ需要が喚起される部分をもう少し戦略的に進めたい」

 - コロナ禍で浮き彫りになった課題は。

 「これまでグローバリゼーションということで多角的あるいは多面的に事業を展開してきた。ただ、その考え方、価値観をそのまま継続していくのか少しチェックする必要がある。とくにサプライチェーンについては見直しを図る必要があるだろう。ほとんど中国に集中している顔料中間体はインドなどに調達先を広げており、米中貿易摩擦が続くなかで他原料のサプライソースについてもリスク分散をもう少し考えないといけない」

 「ニューノーマル(新常態)、新しい生活様式は、働き方あるいは働き甲斐の求め方ががらっと変わる契機になる。これに向けた課題は2つ。これまで放置してきたことをきっちりやること、また世の中を先取りすることで生産性、最終的には企業価値向上に結び付く取り組みを進めることだ。そのための全社プロジェクトを立ち上げた。副社長をリーダーに総務、人事、IT、経営企画の各部署を中心とした10人程度の司令塔を置き、その下にいくつかの分科会がぶら下がる。3カ月の準備期間を経て6月末に正式発足した。年内にアクションプランをまとめ、実行に移せるテーマはすぐにでも動かす。企業競争力につながることを他社に先駆けて進めたい」

 - 働き甲斐と生産性をどう高めますか。

 「単にテレワークをすることが働き方改革ではないが、この比率が高まることで今までお題目だけでワークライフバランスと呼んでいたものが実質的にやりやすくなる。オフィスのあり方とかサテライトオフィスの活用など、いろんなアイデアも出てくる。ここを求めるためにITインフラを整備したり、必要に応じて人事制度面のひずみも直す。ただ、研究開発や顧客への技術フォローサービスなどリモートではできないものもある。ベストミックスを考えるなかで効率的な働き方改革ができれば、さらなる生産性向上につながるはずだ」

 「これまでもデジタルトランスフォーメーション(DX)、人事制度的な働き方改革、ITインフラの整備などを進めてきた。これらを全部一括りにするなかで、全てを解決していく。生産性の向上と働き甲斐の向上の2つが結び付き、最終的なゴールは他社との競争優位性につながること。そこが最大の目的だ」

 - 中期経営計画の見直しはありますか。

 「当社にとってコロナで変わらないことは何だと言ったら、中計で掲げている基本戦略だ。まさに先取りした基本戦略であり、むしろ加速しなければいけない。社長就任の際に掲げた『ユニークで社会から信頼されるグローバル企業』を実現するために、もっと社会的価値が高まり、かつ当社の儲けにつながる経済的価値の向上が両立する分野に経営資源を投入していく。機運が高まっているサステナビリティや環境、安全に対する取り組みを加速する」

 - 素材メーカーとして、これから必要になってくることは。

 「マクロ経済の影響を受けるのは仕方がないが、ポートフォリオの中で景気感応度が低い事業の比率をもう少し増やす必要がある。素材メーカーはいろいろな種類の素材を幅広い業界に提供している。例えば電機・電子産業はいい時はものすごく伸びるが、製品ライフサイクルが終わると沈んでしまう。そこに素材を提供すると、膨大な開発コストをかけたものの、あっという間に使えなくなる可能性がある。しかし、電機・電子産業にとって化学素材は切っても切れないものであり、きっちり提供しなければいけないが、投資のリスクもちゃんと考える」

 「一方、食品素材のパッケージはブランドオーナーからすると、きれいなカラーリング、魅力的なデザインなど、自社のクオリティ以外に消費者に訴えることができるものだ。時代によって包装の簡素化といったことは起こるかも知れないが、食品素材にすればそれは安全性を失うことにもなり、フードロスを増やすことにもなるので簡単にはできない。そこにインキを含めたパッケージ向けの製品を供給するのは立派な社会課題解決だと考えている」

 - コロナで注目されるビジネスは出てきますか。

 「例えば、新型コロナウイルス感染者のうち重症者の治療に用いられる体外式膜型人工肺(ECMO)向けで、中空糸膜が再び脚光を浴びている。また、従来から手掛ける抗菌・抗ウイルスのコート剤など、いろいろな事業がコロナで注目される。これからは安全と環境を希求しながら社会生活を送り、かつウイルスと上手に付き合っていかなければいけない。そうなるとリサイクルやバイオマス、生分解性プラスチックの供給などを含め、パッケージプロバイダーである当社の活動機会がさらに加速する」

 「当社はパッケージ製品がプラスチックであろうと紙であろうと、あるいはアルミ缶であろうと、どんな基材でも対応できる技術力を持っている。プラスチックの考え方は、コロナと関係なしにエコに切り替わるということを想定し、ビジネスを組み立てないといけない」

 - 投資戦略に変更はありますか。

 「現中計の戦略投資枠2500億円のうち、残りは700億円ぐらいある。だが、この枠を埋めることが目的ではない。BASFの顔料事業買収以降、大型はしばらくないが、小型の案件については成長市場をみて必要であれば実施していく。コロナがあろうがなかろうが、当社はただのインキ屋でない世界にバリュートランスフォームしていくという、この基本戦略に変わりはない。通常の設備投資についても不要不急な案件は全て基本的に先送りする。その代わり安全や生産効率、とくに安全に関しては計画通り投資していく」(聞き手=児玉和弘)

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