2020年のノーベル化学賞の授賞理由となった「クリスパー・キャス9」から発展したゲノム編集技術は、世界で猛威をふるう新型コロナウイルス対策にもいち早く応用されている。その代表例がコロナ検査薬だ。標的の遺伝子配列を狙い通りに切断したり、編集できる特徴を応用し、コロナウイルス特有の遺伝子配列を検出。コロナの迅速診断に一役買っている。

 受賞者の一人、米カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授らが創設したベンチャーの米マンモス・バイオサイエンスは、鼻腔の拭い液からウイルスの遺伝子配列を検出する簡易検査キットを開発。実証試験では陽性的中率95%、陰性的中率100%を示し、PCRと同じ精度で20分以内に判定できる。英製薬大手グラクソ・スミスクラインが実用化に協力し、医療機関向けだけでなく個人向けにも供給する。

 クリスパー技術を応用したコロナ検査薬で米国食品医薬品局(FDA)の緊急使用許可(EUA)を初めて取得したのは、米ベンチャーのシャーロック・バイオサイエンスだ。同社もゲノム編集技術を適用してコロナウイルスの特徴的な配列を検出する仕組みを採用した。約1時間で検査結果を得られ、迅速に検査できる。

 日本でも開発が進む。手がけるのは、東京大学医科学研究所の真下知士教授。係争中でもあるクリスパー・キャス9は特許の所在がいまだ不明確で、産業応用しにくい。そこで真下氏らはキャス9の特許に抵触しない国産ゲノム編集技術「クリスパー・キャス3」を開発した。目的と異なるゲノム配列を編集するオフターゲット効果のリスクが低いという利点もある。

 真下氏らは、この技術を用いて微量のウイルスRNAを検出する手法を見いだした。患者検体を用いた実験では陽性一致率90%、陰性一致率95・3%を確認した。真下氏が科学技術顧問をつとめるベンチャーのC4U(大阪府)を通じて検査キットを実用化する。インフルエンザでも新たな診断法を開発する計画だ。

 <CAR-Tなどの創薬にも活用>

 クリスパー技術は、創薬にも活用され始めている。その一例が、がんの新しい治療法の一つであるCAR-T療法。現在は患者自身のT細胞を取り出して治療薬にする方法が実用化されているが、応用できるがん種が限られる。クリスパー技術を使うことで、さまざまながん細胞を識別・攻撃するT細胞を作れるようになり、「オフザシェルフ(既製品)」のCAR-T療法が可能になる。ダウドナ教授が設立にかかわった他のベンチャー企業や、C4Uが提携したノイルイミューン・バイオテック(東京都港区)などが他家由来CAR-T療法を開発している。

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