「メタバース」は、超(meta)と巨大空間(universe)を組み合わせた造語で、1992年の米SF小説に出てきた架空の仮想空間サービスに由来する。現在ではコンピューターやネットワーク内に構築された3次元仮想空間やサービスを指すようになった。この市場にメタ(旧フェイスブック)をはじめ多くの企業が参入。市場規模は2020年の5000億ドルから2ケタ成長が続き、24年に7800億ドルを超えるとみる調査もある。

 メタバースに参加すると、自身が仮想空間に存在し、話しかけてくる相手が目の前にいるかのような没入感が得られる。スマートフォンやパソコンの画面で見るのとは異なり、より現実に近いかたちのコミュニケーションが可能になる。現在は架空の空間が主流だが今後、よりリアルなパラレルワールドやデジタルツインの世界が構築され、広がっていくだろう。

 ソニーが昨年発表したVRヘッドセット(開発中)は、1インチクラスのマイクロ有機ELディスプレイを用いて片目4K、両目8Kの解像度を実現。現在のVRの課題であるドット感がなく、現実感の高い映像を映し出す。バラの花や洋菓子のエクレアなど柔らかい物をつかめるロボット技術も公開した。実用化は先だが、人の目や手の機能をリアルに再現しようとしている。

 昨年6月、東京・日本橋にオープンした「分身ロボットカフェDAWN ver.β」は、難病や重度の障害や子育てなど外出困難な人(パイロット)が分身ロボットを遠隔操作して接客するカフェ。国内外50人を超えるパイロットが活躍している。筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発病してバリスタを断念したパイロットが、目の前で好みのコーヒーを淹れてくれたりする。運営するオリィ研究所は、テクノロジーによる人々の新たな社会参加の実現を目指し、このカフェでさまざまな実証実験に取り組んでいる。

 VRでは現在の映像レベルでも、分身となるアバターの身ぶり手ぶりやわずかな動きから、現実の人の癖や動きを認識できるほど高度なコミュニケーションが可能になってきた。今後、産業分野に展開していくには、よりリアルで豊かな体験が求められる。

 人間の目では違いが分からないほど高精細で遅延のない3D映像、実際に物に触れているかのような触感、現場の音やにおいを遠隔で再現する技術の開発が活発だ。実現にはハード、ソフト両面の進化が不可欠だが、化学をはじめ素材技術の役割も大きい。メタバース市場の拡大とともに化学産業のチャンスも広がっている。

記事・取材テーマに対するご意見はこちら

PDF版のご案内

社説の最新記事もっと見る