上京するときに特急電車「やまびこ」の中で読んだ夏目漱石作『三四郎』の文庫本をまだ持っている。赤茶けたページを繰っていると、やおらかゆくなってきたので、数ページ読んだあとは電子書籍に切り替えた▼実に面白い。こんなに面白かったのかと驚いていると、別の驚きが来た。「三四郎はからになった弁当の折を力いっぱいに窓からほうり出した。女の窓と三四郎の窓は一軒おきの隣であった。風に逆らってなげた折の蓋が白く舞いもどった」▼明治時代はこんな投げ捨てが許されていた。ウェブで調べると、汽車の窓からポイ捨てができなくなったのは1960年代後半から70年代前半の間だったという書き込みもあった。投げ捨てられたゴミの収集を生業とする人もいたという。〈駅弁のからを車窓より投げることもむかしの人は難なくしたり〉という短歌を昭和22年生まれの小池光さんも詠んでいる▼車窓からポイ捨てだって、とんでもない!と言いながら、自分も煙草の吸い殻を地面にぽい捨てしていた。有害な煙を室内でぷかぷか吐き出していた。いまとは隔世の感だ▼プラスチック廃棄物の問題も、「そんな時代があったのか」と、いずれ言われるような気がする。世の中は変わる。国民の意識もいつのまにか変わる。いまはそれを加速すべき時期なのであろう。(21・4・28)

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