2020年、世界は新型コロナウイルスの猛威に包まれ、大恐慌以来の不況に直面している。世界は今後どこに向かうのか。そして化学企業はこの危機にどう立ち向かうのか。化学工業日報では化学産業に及ぼすコロナ禍の影響について、業界首脳にビデオ会議形式などで取材を進める。その第1弾として、三菱ケミカルホールディングスの越智仁社長へのインタビューを紹介する。

●…これまで打った対策について。

 「テレワークは、いざ実施してみると難しい面もあったが、頑張ってやろうということで進め、いま実施率は本社でおよそ90%、研究所で85%に達している。財務面では、何が起こるかわからないので数百億円単位で資金の余裕を作った。一方、本社などと違い、事業所ではテレワークは難しい。医療向け素材など社会基盤を支える製品を供給する責任があるので、生産活動は基本的に継続している。このような状況で、プラントの運転に携わる方には頑張ってもらっている。定期修理が実施できるか課題となっていたが、5月に茨城県(鹿嶋市)の石油化学コンビナートで実施する定期修理については、健康管理とそのチェック体制などを策定し、茨城県庁から実施の了承を得ることができた」

●…足元の課題、懸念材料は何ですか。

 「大きな課題の一つとしてR&D(研究開発)の停滞がある。とくに医薬関連では、治験(臨床試験)のところがコロナの影響で進まない。三菱ケミカルのScience & Innovation Centerについても、(出勤する)人を必要最小限に絞っているので、実験はなかなかできない。想定した開発スケジュールが少しずつ遅れてしまう懸念がある」

 「意思疎通の問題も大きい。社内外ともテレビ会議やメールなどで対応しているが、コミュニケーションの効率が悪い。とくにお客様の新しいニーズや課題について、直接対話できないのですり合わせが難しい。海外のお客様とはトップ外交をすることも多いが、それが全くできないためサプライチェーンの上流と下流でタイミングがズレてしまう問題がある」

 「あとは、やはり人の問題だ。テレワークをやることによって活動範囲が狭くなるのでパフォーマンスが落ちてしまう。より効率的にはコミュニケーションをとる手段や、ストレスを解消する手段が必要だ」

●…20年度の経営環境をどう見通しますか。

 「用途が幅広い当社のメチルメタクリレート(MMA)をみると、各分野でかなり需要が落ちている。このことから、全体として需要が減少していることが分かる。今の感じからすると国内が安定するには時間がかかる。2、3カ月という感じではない」

 「今年10~12月くらいから需要が戻るのではないかという見方が多いが、一方でそれまでの期間は相当落ちるとみている。あるシンクタンクは、4~6月のGDP(年率換算)について、日本が20%、米国が30%、欧州が40%くらいのマイナスだと。中国の状態をみても、まだ消費が動いている感じではない。移動制限も残っており、やはり5、6カ月は優にかかる」

 「それらを考えると年内は難しいかも知れない。素材産業の化学はどうしても遅れて回復するため、今年度いっぱいくらいは厳しいと覚悟する必要がある」

●…21年度にスタートする次期の中期経営計画に与える影響は。

 「地球温暖化問題、海洋プラスチック問題や社会保障の問題といった社会課題を解決するという、世の中の大きな流れは、基本的にはコロナ後の世界でも変わらない。循環型社会への移行も避けて通れない。科学技術の進化の方向も変わらないだろう」

 「今回のようなパンデミック、あるいは地震などの災害は、突然発生してショックを起こし、2年間くらい余波は残るが、長いタイムスパンのなかで産業界がやるべきことは基本的には変わらない。われわれが30年のグループのあるべき姿として考えた『KAITEKI Vision 30(中長期の経営基本方針)』も変える必要はない」

 「ただし、02年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、12年のMERS(中東呼吸器症候群)をみても、新たな感染症が10年に一度くらいは起こるようになってきた。それを考慮してビジネスをどう組み立てるか、BCP(事業継続計画)を少し考えていかねばならない。こういう大きなリスクが起こった時に、日本として重要なものをどうやって作るのか、サプライチェーンを含め国として検討されるだろう。われわれ産業界も考えなければならない項目だ」

デジタルが競争力左右

●…コロナ禍で変わることは何ですか。

 「国の経済の基盤をどう強くするか。サプライチェーンのあり方、そしてデジタル化がさらに重要になるだろう。デジタルプラットフォームがキチッとしているか否かによって、自然災害やパンデミックが起こった時の対応、競争力が全然変わってしまう。医療もネットワークが弱ければパフォーマンスが低くなる。われわれもデジタル基盤がしっかりしていないからテレワークに課題がある。R&D活動も弱くなるし、お客様とのコミュニケーションも弱くなってきている。今まで以上に強化しないといけない。一方で、医療、診断などの分野では新しいビジネスチャンスも出てくる」

●…世界のサプライチェーンの変化にどう対応しますか。

 「米中の対立など国と国との問題はシビアになっていく。今までのグローバリゼーションのあり方は、やはり成り立たなくなっていくと思う。中国と米国は、貿易摩擦だけではなく、技術の覇権争いだ。欧州は、地球温暖化対策をしていない国からの製品に関税をかけるタクソノミーや、循環型社会をスタンダード化してリサイクル比率でプラスチックを差異化するなどの方策を進めようとしている。そうなると、それぞれのリージョンの中で事業を行う必要が出てくる。日本から輸出すれば良いという時代ではなく、中国は中国で、米国は米国でそれぞれ地産地消するような、リージョンでマネジメントする方向にどんどん進み多極化していく。これは世の中の新しい流れだ」

●…再編の引き金となる可能性はないですか。

 「あるかも知れない。M&A(合併・買収)市場が急激に落ち込むなかで、今やれば面白いという考え方もある。積極的に考えたら良い。逆にいえば、スタートアップなど新しい企業がチャンスをつかむこともある。資本力があればもっとできる、というスタートアップは多い。向こうから組みたいという話があれば考えるし、われわれも積極的に対応したい。新しいニーズがどんどん出てくる、というのもある。ワクチンの開発のほか、例えば抗菌の概念や方法論が変わるといったことが起こり得る」

●…いま、社内に発したいメッセージは何ですか。

 「こういう時こそ考えることが大事。日頃はいろいろな仕事に忙殺されている。それがテレワークになり、違う環境で仕事をすることで、新しい観点でものごとを見ることができる。研究者も実験はできないが自分の時間を持つことができる。その時間でどういう発想ができるのか。チャンスにしてほしい」(聞き手=佐藤豊編集局長)(随時掲載)

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