世界で猛威をふるう新型コロナウイルス。感染者の発生した国・地域は約170、感染者は約20万人に達し、死亡者は8600人超(3月19日時点)と極めて深刻な事態に陥っている。一刻も早く治療薬やワクチンを届けようと英知を振り絞る世界の製薬会社やベンチャー、研究機関の動きを追う。
 新型コロナウイルスに対して安全性、有効性が確立された治療薬がないなか、既存薬を転用した治療がまず行われている。米アッヴィのヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症治療薬「カレトラ」、米ギリアド・サイエンシズのエボラ出血熱治療薬候補「レムデシビル(一般名)」、富士フイルム富山化学の新型インフルエンザ治療薬「アビガン」などは、中国をはじめ各国で「適応外」で使われ始め、臨床試験や臨床研究も進行中だ。レムデシビルはギリアドによる国際的な大規模臨床試験も始まった。
 日本では、帝人ファーマが販売しているぜんそく治療薬「オルベスコ」も奏効例が報告されている。
 中国では、中外製薬の抗体医薬「アクテムラ」が過剰な免疫反応による炎症が生じた重症患者に有効と報告され、新型コロナの治療ガイドラインで推奨された。同剤と同じ作用機序の医薬品を開発した米リジェネロン・ファーマシューティカルズと仏サノフィも、類似薬を用いた臨床試験を開始した。
 既存薬に続いて臨床応用に近いのが、回復した患者由来の血液を使った抗血清療法。回復者の体内で作られた新型コロナウイルスに対する中和抗体を、他の患者に投与する治療法だ。ヒト由来の成分であるため一定の安全性が担保されており、通常の新薬開発より早い実用化が可能だ。
 米イーライリリーは、抗血清療法の開発でカナダのバイオベンチャー、アブセレラと提携。500個以上の抗体を検出ずみで、向こう4カ月以内には臨床試験を始める計画だ。米リジェネロンも、数百個の抗体を同定しており、有効な抗体2つを組み合わせた予防・治療薬を開発。4月には生産体制を整え、夏までに臨床試験を始める予定という。社内会議で100人超の集団感染が明らかになった米バイオジェンも、同社の前最高経営責任者(CEO)がトップを務める米ベンチャー企業、ヴィル・バイオテクノロジーと提携して抗血清療法を開発する。
 日本では、武田薬品工業が開発参入を表明。同社が買収したシャイアーの血漿分画製剤事業を生かす。米国を中心に開発し、最短9カ月で実用化を目指す。遺伝子治療の創薬ベンチャー、アンジェスも大阪大学と開発しているDNAワクチンを用いた抗血清療法を開発する。ヒトの代わりにウマにワクチンを投与して抗体を作る計画だ。

武田薬品も買収したシャイアーの新工場を活用して抗血清療法の開発に着手した

 韓国のバイオ製薬大手セルトリオンも開発参入。韓国の医療機関を通じて回復患者の血液を入手し、4月中にも治療薬候補を完成させるという。
 このほか東京大学の研究グループは、急性膵炎薬「ナファモスタット」が新型コロナウイルスの治療に有効である可能性を見いだし、早ければ月内にも臨床試験を始める計画。
 ワクチン開発では、RNAやDNAなど遺伝子技術を応用した次世代ワクチンへの期待が高まる。世界初となるヒトへの臨床試験が米国で始まった米モデルナ社のワクチンは、ヒトへの感染の足がかりになるたんぱく質をコードしたメッセンジャーRNA(mRNA)を用いたワクチンだ。ウイルスを使わず人工的に合成できるため、安全に短期間で開発が可能とされる。従来の鶏卵培養法はウイルス分離からワクチン供給まで5~8カ月かかっているが、アンジェスによるとDNAワクチンの場合は同2カ月程度で実用化できるという。
 欧米ベンチャーのワクチンも4月に治験入りする見込み。米イノビオ・ファーマシューティカルズは米国や中国、韓国でDNAワクチンの治験を始める。独バイオンテックもmRNAワクチンの治験を開始し、米ファイザーや中国企業と提携して欧米中で開発する。アンジェスのDNAワクチンは6カ月以内の治験入りを見込む。田辺三菱製薬のカナダ子会社・メディカゴは植物由来のワクチンを開発し、8月までに現地で治験を始める計画だ。
 欧米のメガファーマも政府機関に協力してワクチン開発を支援する。米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)や仏サノフィは、米国保健福祉省の米国生物医学先端研究開発局(BARDA)とワクチンの研究開発で提携。J&Jは子会社ヤンセン・ファーマシューティカルズの化合物ライブラリーを活用した治療薬探索にも協力する。英グラクソ・スミスクライン(GSK)は官民連携パートナーシップの感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)を通じて、ワクチンの効果を高めるアジュバント技術を提供している。

◆PCR代替検査法が相次ぎ登場

 中国・武漢に端を発した新型コロナウイルスの感染が日本にも広がるなか、注目を集めているのが検査薬だ。厚生労働省が当初取り組んだ防疫から、民間検査機関に協力を仰ぎ市中感染の把握へと視点を変えるなか、多くの企業はPCR検査試薬の供給に名乗りを挙げ、迅速・簡便な新キット開発の動きも相次ぐ。医療貢献はもちろん、革新技術を試す「商機」だからだ。
 温度を上げ下げして遺伝子増幅を繰り返すPCR検査の課題は6時間以上を要する長い検査時間。鼻咽頭などのぬぐい棒から遺伝子を抽出・精製する作業も煩雑で、検査対象者が刻々と増えるなか、国立感染症研究所の限られた検査能力だけでは捌き切れない。
 PCR検査試薬は当初、感染研が関連する地方衛生研究所に配布してきたが、2月上旬に民間検査機関にも検査委託に乗り出す過程で、スイス・ロシュのPCR検査薬を新型コロナの検査指針に追記。薬事承認を経ていない研究用試薬として異例の保険適用も認められた。
 武漢にも提供されたロシュ品はおよそ3時間半と通常に比べて早く検査でき、日本には1日1万検体分の供給を確保しているもようだ。
 PCR検査薬は東洋紡など多くの企業が供給を担い、さらに新技術も台頭する。杏林製薬は検査時間を約30分に短縮する技術開発にめどをつけ、3月中の実用化が見込まれる。インフルエンザなど他の呼吸器感染症と医療機関が迅速に同時に見極められるよう、日水製薬は英国企業から多項目検査システムを導入し、今月18日に発売した。
 抗原抗体反応を用いるイムノクロマト法はインフルエンザ検査キットのように短時間で簡便に診断できるのが特徴だ。抗体開発に年単位を要すると当初みられていたが、クラボウは中国の提携先が開発した検査キットを導入、今月16日から販売を始めた。PCR法で検出の難しい感染初期も判定でき、偽陰性も出にくいというメリットもある。

クラボウは中国の提携先からイムノクロマト法検査キットを導入。感染初期にも対応、15分で目視判定できる

 新型コロナ検査で陽性と判定されると現在は指定された医療機関に入院する。デンカなども開発に参入しているイムノクロマト法を用いた簡易検査技術は一般的なクリニックなどの医療機関で使われてこそ利点が生きてくる。患者のスクリーニングに使うなど混乱が続く医療現場でPCR検査とどう組み合わせるのかも課題だろう。
 自前の独自技術を活用した研究開発も進む。栄研化学の「LAMP法」は目的遺伝子を無限に増幅できる技術で、ウイルスの存在有無を精度高く検出できる。東ソーは、RNAを直接増幅できる「TRC法」はウイルスゲノムがRNAである新型コロナの検出に向くとみて開発に着手した。

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