電車内で読書していて、思わず声を出して笑ってしまったことがある。バツの悪いことこのうえない。逆に涙を誘われる場合もある。そんな時は、空咳やくしゃみをして誤魔化してきたが、昨今の状況でこれをやると何が起こるか分からない▼電車内で涙させられた一冊が「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」(門田隆将)。6日公開の映画「フクシマフィフティ」の原作となったこのノンフィクションは、丁寧な取材と臨場感溢れる筆致で読者を引き込む。数多ある3・11関連本のなかでも屈指の力作だ▼政府は、11日に予定していた東日本大震災追悼式典の中止を決めた。コロナウイルス感染拡大防止のためだが、犠牲者や遺族、いまも避難生活を送る人々に心を寄せる場だけに残念だ。政府行事は自治体の催しとは重みも違うだろうにとの思いは残る▼3・11は大地震、大津波、原発事故というわが国にとっての国難だった。インフラ、ライフラインの復旧、物資調達などでも、昼夜を分かたぬ奮闘が随所にあった▼得られた教訓の一つがBCP(事業継続計画)の重要性であり、資材供給ソースの多様化だった。今般の感染症禍に過去の教訓は活かされているのか。現場が忙殺されるのは致し方ないが、万一への備えにも、対策の打ち出し方にも、学習効果が感じ取れない。(20・3・9)

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