新型コロナウイルス(COVID-19)感染症、歴史的水準まで下落する原油が世界のエネルギー需要にどのような影響をもたらすか。日本エネルギー経済研究所(IEEJ)の小山堅常務理事首席研究員に聞いた。

◆…COVID-19が世界のエネルギー需要に与える影響を分析しました。

 「世界を揺るがすCOVID-19が石油、天然ガス、液化天然ガス(LNG)に与える影響に関する定量的な分析はあまり例がなく、需要の減少がどのように進むか、その地域や製品別の特徴を明らかにする試みで独自のモデルを開発して分析を試みた。COVID-19は全く先が読めず、『早期回復シナリオ』(2020年7~9月には概ね収束し、経済活動は回復に向かう)と『長期化シナリオ』(感染拡大の影響が重くのしかかり、20年の世界経済は正常化にいたらない)の2つのシナリオを用意した」
 「長期化シナリオでは20年の年平均の世界需要は日量1億バーレルの19年比で日量260万バーレル減り、エネルギーのコモディティー(国際商品)として順調に需要が拡大してきた天然ガス、LNGも前年割れの姿になる。ヒト、モノの移動に制限がかかることでジェット燃料やガソリン、軽油などの輸送燃料の需要が落ち込み、経済活動の停滞で電力需要も低減する。現状は長期化シナリオの線を辿っている印象を受ける」

◆…リーマン・ショックなど過去の世界危機との違いは。

 「リーマン・ショックはサブプライムローン問題に端を発するリーマンブラザーズの倒産によって世界の金融システムが傷付き、信用収縮が起こって実体経済に悪影響を及ぼした。一方、ヒト、モノが動かなくなるCOVID-19では実体経済が強力に収縮圧力を受けて金融市場の不安定化へとつながっている。今回の方がエネルギー需要への影響がダイレクトに出てくる特徴がある」
 「03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)も深刻な問題となったが、今回に比べて局所的で結果として早期に終息した。中国経済も当時V字回復を果たし、世界のエネルギー需要は基本的に落ちなかった。感染症がエネルギー需要の減少に直接的な影響を及ぼす事態はおそらく今回が初めてと言っていいだろう」

◆…原油価格も歴史的水準まで下落していますが、こうした事態が続くと悪影響がどうのように波及するでしょうか。

 「石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の主要産油国による『OPECプラス』の協調減産体制の崩壊とCOVID-19の影響による原油価格の下落は産油国の経済と世界のエネルギー産業に打撃を与えるのは言うまでもないが、もう少し広い視点でみると消費国も大きな懸念材料を抱えることになる」
 「いずれ事態が安定化、終息して世界経済に回復局面が訪れると、エネルギー需要は増大の方向に向かう。ところが、ここまで原油が下落した今の段階でエネルギー投資を拡大できる主体者は誰もいない。足元の価格・需要減により将来の投資が手控えられている状態だ。これが続けば、将来どこかの段階で需給のひっ迫が起こるかもしれない」
 「過去にも14年からの原油価格の暴落によって16年には米国産原油の指標であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)が1バーレル26ドルまで下がった。この時はOPECプラスの協調減産体制が生まれて原油価格が戻ったが、今回も将来に対する問題意識を考える必要があるだろう」

◆…世界のエネルギー供給を牽引してきた米国のシェール生産にも影響が及びつつあります。

 「米シェール勢は14年からの原油価格暴落を受けてコスト削減努力を図ってきたが、それでも世界的にみて生産コストは高い。シェールの鉱区はさまざまな地域にまたがり、構造なども多様でコスト分布は広いが、WTIで1バーレル20ドル台では投資コストが回収できない油田が多くなる」
 「それと米シェール勢は中小・零細企業も多く、こうした企業が金融システムから資金を借り入れて生産を拡大してきた。原油価格の下落によって収益が悪化し、破産する企業が増える可能性がある。今回の原油価格下落によってシェール革命で潤い、米国の株価を支えてきたエネルギー企業の株価が大きな影響を受けており、これが同国経済を悪化させる一要因になりかねない」

◆…産油国の関係に揺り戻しが起こる可能性は。

 「OPECプラスの会合で減産協議が決裂したのが3月で、すぐに元の鞘に収まるのは楽観的過ぎるという見方がある。ただ原油価格の暴落は産油国に強烈な痛みを等しく与えることも事実。この耐え難い痛みが、新たな協調体制に向かうバネになる可能性はある」

◆…COVID-19が国際協調体制を後退させる懸念はありませんか。

 「今回のパンデミックによって世界が協力して対応することが本質的に必要と再認識させられたはずだが、現実には国境の封鎖、海外からの入国者の拒否など、それぞれが孤立するような対策を取らざるを得ない側面がある。最終的に責任を持つ国家が自国民のために対策を打つのは安全保障分野でよくあることだが、ただそこで本来望ましい国際協調の姿とは違う方向もみえていることが気掛かりなところだ」(聞き手=石川亮、小林徹也)

◆略歴 〔こやま・けん〕専門分野は国際石油・エネルギー情勢、エネルギー安全保障問題。1986年(昭和61年)日本エネルギー研究所入所、11年から現職。首席研究員として勤務する傍ら、東京大学や東京工業大学で教鞭もとる。

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