世界で猛威を振るう新型コロナウイルスが石油化学製品の需給に影響を及ぼしている。新型コロナの感染拡大によるサプライチェーンの混乱や販売減にともなう自動車メーカーの生産調整・休止が相次ぐ中で、関連製品の需要が減退。一方、震源地の中国では石化プラントの生産再開により供給能力が拡大基調にある。現時点で平均稼働率90%前後を維持しているとみられるアジアのエチレン設備の生産にも需要減と供給増を背景に下押し圧力が強まっている。

ナフサ、はけ口求めアジア流入

 週明け6日のアジア市場。石化製品の主要原料であるナフサ(粗製ガソリン)の価格は1トン200ドル前後となった。トランプ米大統領がサウジアラビアとロシアが近く日量1000万バーレルの減産に合意すると指摘したことが伝わり、2日の160ドル強から40ドル前後上昇した。ただ、2020年1月末の525ドル前後に比べて半値以下の水準が続く。
 主因はアジア地域へのナフサの流入増だ。
 新型コロナの感染拡大でヒト、モノの移動が制限され、ジェット燃料やガソリン、軽油など輸送燃料の需要が大きく落ち込んでいる。ガソリンの消費量が世界有数の米国ではウイルス拡散を防ぐためのロックダウン(都市封鎖)の影響により需要が急減している。
 アフリカのナイジェリアでも先週から首都アブジャなど主要都市でのロックダウンが始まった。約2億人の人口を抱える同国はサハラ以南のアフリカ地域で有数のガソリン消費大国で、輸出も旺盛。欧州からアフリカ向け石油製品の輸出量で同国が第1位を占める。
 エチレン設備で石化製品の基礎原料エチレンやプロピレン、ブタジエンなどに分解されるナフサだが、ガソリンにブレンドする燃料用途もある。欧米はアジアに比べナフサの燃料用途の比率が高く、ガソリンの需要減で行き先を失ったナフサのはけ口を求めて欧米からのアジア向け輸出が増えている。4月までの月平均120万~140万トンから、来月5月入着分は230万トン程度まで欧米からの輸出量が増えるとみられている。
 アジア地域のナフサ需要は今のところ堅調だ。石化原料にも使われる液化石油ガス(LPG)が厳重な外出禁止令が敷かれる欧米での煮炊きや暖房の燃料用途で需要が増えて価格が上昇し、これまでLPGを原料に生産してきたアジアのエチレン設備ではナフサへの切り替えが進んでいる。中国国内で石化プラントの生産活動が戻りつつあることもナフサ需要を押し上げる要因だ。
 もっとも、ブレント原油(トン換算)とナフサのスプレッド(価格差)は現時点でマイナスだ。元々、アジア地域では5~6月にかけて製油所の定期修理が明けて供給自体が増える。それでも原油価格がナフサ価格を上回る「逆ざや」の現象になるのは、ひとえに域外流入が増えているためだ。
 欧米はアジアに比べナフサが安いとはいえ、輸送費を含めるとアジア向け輸出は採算ラインに届くか否か。それでも米国では東回りの航路を使うヒューストン発だけでなく、西海岸カリフォルニアの製油所からもアジア向けにナフサが定常的に輸出されている。
 こうした状況について、石油関連製品などの商流に詳しいアメレックス・エナジー・コム(東京都港区)の柳本浩希石化原料部長は「欧米のガソリン需要が蒸発する中、かつてない量のナフサがアジアに集まってきている。もはや経済合理性ではなく、物理的にアジアに運ぶしか手だてがない」と指摘する。

積み上がる在庫 解消はGW前後

 アジア域内のエチレン設備は現状も90%前後の稼働率を維持しているとみられる。ただ、新型コロナの感染拡大により多くの自動車メーカーが生産の停止、稼働調整を余儀なくされている。その影響が自動車のバンパーや内装部材などに使われるポリプロピレン(PP)、タイヤや燃料ホースの原料になる合成ゴムなど関連する素材にも波及する。
 加えて、中国ではLPGのプロパンを原料にプロピレンを作るプロパン脱水素装置など競合する石化プラントの稼働率が上昇傾向にあり、PPなどを取り巻く環境は厳しさを増している。
 人々の生活を支える食品の包装フィルムなどに使われるポリエチレン(PE)は、新型コロナ禍に見舞われる中でも比較的需要は堅調とみられる。PEはエチレンの主要な誘導品だ。ただプロピレンやブタジエンなどを原料に作るPPや合成ゴムなどの需要減が生産の下押し圧力となり、アジアのエチレン設備は今後80%前後まで稼働率が低下するとの見方も浮上する。
 日本のエチレン設備も無縁ではいられない。20年2月の国内エチレン設備の稼働率は94・9%で75カ月連続で好不況の目安となる90%を超えたが、PE、PPなど主要4樹脂の国内出荷は揃って前年同月割れ。在庫が積み上がっている。
 石化各社は中国の旧正月(春節)を前にした石化製品需要を織り込んで19年から在庫を積み上げてきたが、同国の景気低迷に新型コロナが追い打ちをかけるかたちで需要が不発に終わった。多くのプラントが減産によって在庫の抑制に努めているが、需要減や先安観を受けて需要家からの受注が集まらず苦戦しているとみられる。こうした状況が解消されるのは早くてもゴールデンウィーク(GW)前後といわれ、川上のエチレン設備の稼働にも影響を与えそうだ。

堅調なPEでも競争環境厳しく

 新型コロナがプラントの操業に与える影響はどうか。輸送燃料の需要減を受けて、製油所の生産調整は世界規模で広がっている。ただ、欧米などではロックダウンによって操業停止を余儀なくされた製油所や石化設備は現時点ではないようだ。例えば米国では、エネルギー分野や化学分野が不可欠な基盤インフラに指定されており、操業が維持されている。
 日本でも7日、新型コロナの感染拡大を防ぐため、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県を対象に初の緊急事態宣言が発令された。政府は石油・石油化学・LPガスなどを含む「インフラ運営関係」を安定的な生活の確保に不可欠なサービスを提供する事業者として、事業継続を要請する対象業種に指定した。
 例外はインド。ロックダウンによる人員不足などもあって製油所は生産調整、エチレン設備は操業停止に追い込まれているようだ。同国も毎月50万トン程度のナフサを海外輸出しており、この状況が続けば相場の強材料となる可能性がある。
 20年はアジア域内でエチレン設備の定修が重なり、日本でも6基が実施する。政府は新型コロナの感染拡大を防ぐために緊急事態宣言を7日に発令したが、現時点でエチレン設備の定修計画に遅れが出るといった事態はないとみられる。ただ、日本の高圧ガス保安法のような規制がなく自主保安が主体の欧米ではメンテナンス人員の確保が難しく、定期修理をスキップするケースも出ているようだ。
 世界的な新型コロナの感染拡大にともなう需要減と産油国の協調減産体制の崩壊によって原油価格が歴史的水準にまで低下する中で、米国のシェール企業にも強烈な向かい風が吹き付けている。今月初めには米中堅のホワイティング・ペトロリアムが日本の民事再生法にあたる米連邦破産法11条の適用を申請して経営破綻したことが明らかになった。
 ただ、今回の原油安がシェール由来の安価なエタンを原料に作るPEの競争力に大きな影響を及ぼさないという指摘もある。ナフサの価格が下がったとはいえ、シェール由来エタンとは依然として2倍程度の価格差があるとみられる。
 さらに、アジアでは中国勢もPEの生産を再開している。石化製品の中で最も堅調とみられるポリエチレンに関しても、引き続き厳しい競争環境が待ち受けている。(石川亮、松井遙心、小林徹也)

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