突発的事項の発生時には平時に見えない課題や特徴が浮かび上がってくる。大きな事故が起きた際の初期対応はトリアージ(患者の優先順位付け)が基本だ。何度も大災害に見舞われてきた日本の医療は、こうした基本が繰り返し確認されてきたはずなのに、クルーズ船「ダイアモンド・プリンセス」の新型コロナウイルス感染症(COVID―19)への対応は、現段階の状況を見る限り、科学的見地から優先順位が付けられたのか疑問が残る。
 COVID―19は医療大国、日本の弱さを浮き彫りにした。国は今月半ば、ようやくワクチンや治療薬の研究開発に予算を承認したが、感染拡大が深刻な日本よりも先に欧米の製薬メーカーや研究機関、ベンチャーが研究開発に着手している。初動の差はわずかかもしれないが、未知の新興感染症をいち早く食い止めるという目的に対し致命的遅れにつながりかねない。
 中国だけでなく、日本でもエイズ薬の適応外使用によって重症患者に症状改善の兆候があったと報告されているが、いずれも海外製薬メーカーが開発した製品で、日本由来の製品は現時点ではない。政府は、海外メーカーに増産を含めた安定供給を要請する始末だ。確かに新薬候補が見つかった時、新興感染症は終息しているかもしれない。それでも開発に挑戦する国内製薬メーカーが存在すると期待したいが、手を挙げる企業が見当たらないのは残念だ。
 新型コロナウイルス検出のためのPCR検査についても、国立感染症研究所の検査マニュアルには海外メーカーの試薬や検査システムの名前が並ぶ。臨床検査センターに据え置かれている装置は大半が海外製品だ。PCR製品を手掛ける日本企業もあるが、生産拠点を海外に移しているケースもある。製薬だけでなく、臨床検査薬産業でも世界に存在感を発揮できる日本企業があってほしい。
 自動車や半導体などではサプライチェーンへの影響が表面化しているが、製薬など医療関連で供給網に支障は出ていない。意外な話題を耳にした。日本に幅広く普及している漢方薬。原料の生薬は中国に多くを依存するが、原料を含め供給不安は全く起きていない。ある企業では生薬の在庫を、数年単位で日本に確保しているそうだ。
 生薬は天災商品とも呼ばれ、天候や災害で栽培量は大きく左右される。需要拡大につれて投機の対象にもなり、市況は乱高下を繰り返してきた。その教訓が現在の安定供給網につながった。COVID―19も、いつか教訓になる日がくる。恐れてばかりでは何も得られない。

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