新型コロナウイルスワクチンの開発が今月、一つの節目を迎えている。米国などでコロナワクチンが緊急承認され、各地で接種が始まった。順調に進めば、来春から日本でも供給が始まる。中国・武漢で感染が広がり始めたのが昨年末のこと。それからわずか1年間で、ウイルスのゲノム解析、ワクチン製剤の設計、製造体制の構築、グローバルな大規模治験が急ピッチで実行され、ワクチンの接種開始にこぎ着けた。第2波、第3波といまだ感染は広がり続けている中、ワクチンは収束への切り札になるか―。

 自国内で限定的に接種を開始したロシアや中国を除くと、欧米で1番手で実用化にこぎ着けたのが、独ビオンテックと米ファイザーが開発したコロナワクチン。今月8日に英国、14日に米国で接種が始まった。米モデルナのワクチンも米国で緊急使用許可(EUA)を取得し、接種開始。一般的にワクチンの開発成功率が10%程度とされるなかで、奇跡とも言えるスピード開発だ。

 両ワクチンは、ともにメッセンジャーRNA(mRNA)技術を応用したワクチン。従来のワクチンのようにウイルス自体を扱う必要がなく、ウイルスのゲノム配列さえ分かれば製剤設計できるため、早期開発につながった。数万人を登録した大規模臨床試験では、予防効果を示す有効率がともに95%前後を記録。予想を上回る高い有効率が英米当局の緊急承認を後押しした。

<安全性も「未知数」>

 わずか1年という超スピード開発は、エビデンスの未熟さも意味する。通常は製品化までに約10年かけて蓄積される開発・臨床試験データは1年分しかない。ファイザーが4・4万人を登録して行った大規模治験では重篤な有害事象は報告されなかったが、接種が始まった英米では重いアレルギー反応の有害事象が報告され始めている。これから世界各地で数千万人、数億人に接種されていけば、臨床試験では把握できなかった副反応などが出てくる可能性がある。

 当初はファイザーなどより開発が先行していた英アストラゼネカ(AZ)も、原因不明の症状が臨床試験で報告され、安全確認のため全世界で治験を中断。米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のワクチンも、同様の理由で治験を一時中断した経緯がある。いずれもワクチンとの因果関係は認められないとして開発が再開したが、症状の詳細などは明らかにされていない。

<全世界へ100億回分、日系CMOも一役>

 バイオ系CMO(医薬品製造支援)の製造能力も、全世界への供給を可能にする。AZは来年にも30億回分のワクチンを用意する計画だが、ほとんどが外部委託による調達だ。15カ国20社以上と製造契約を結び、日本ではJCRファーマ、第一三共、KMバイオロジクス(明治ホールディングス子会社)が国内製造を担う。KMバイオは英グラクソ・スミスクライン(GSK)のアジュバント(免疫増強剤)製造も受託する。

 ファイザー、モデルナ、J&J、米ノババックスなども各社10~13億回分の供給を目指しており、すべてが順調に進めば、来年には最大100億回分近いワクチンが製造される見込みだ。

 日系CMOでは、富士フイルムやAGC、カネカの海外子会社が米国企業から一部製造を受託。各社とも近年、積極的な設備投資や買収により製造能力を急拡大させてきたことが功を奏した。

<日本も申請第1号、来春にも接種開始へ>

 外資系ワクチンの国内導入も進んでいる。ファイザーは今月18日、日本で1番手となるコロナワクチンを厚生労働省に承認申請した。国内治験の途中だが、高い有効率を記録した海外治験のデータでまず申請した。緊急時に認められる「特例承認」制度が適用されれば、従来より大幅に短い期間で承認されそうだ。

 AZ、J&Jも今秋から国内治験を行っており、海外治験のデータもふまえて申請される見込み。日本法人がないモデルナ、ノババックスのワクチンは、武田薬品工業が国内開発や流通などを担う。

 日本政府がこれまでに具体的な供給契約を結んだのはファイザー、AZ、モデルナの3社。ファイザーからは来年6月末までに1億2000万回分、AZからは3月末までに最初の3000万回分が供給される予定で、順調にいけば来春には接種が始まりそうだ。

<国産ワクチン、課題は大規模治験>

 日系企業のワクチンも、ようやく臨床試験段階に進んできた。6月末から治験を行ってきたアンジェスに続き、塩野義製薬も今月、最初の治験に着手。KMバイオも早ければ年内、第一三共やIDファーマ(アイロムグループ)は来年3月頃の治験入りを目指している。

 日系各社の課題は、最後の大規模治験。最低でも数千人を登録し、短期間で一定の有効性、安全性データを収集するには、感染者が比較的少ない日本のみで治験を行うのは非現実的だ。アンジェスや塩野義は数万人規模の最終治験を海外で行うことを検討している。欧米メガファーマのように海外治験を行える開発組織や経験はない各社が、どのような戦略でワクチン開発を進めていくか注目したい。

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