世界初の承認を受けた米ファイザーと独ビオンテックによる新型コロナウイルスワクチンの接種が英米で始まった。日本も来年6月までに6000万人分の供給を受ける予定で、コロナ禍終息への切り札として期待を集める。ただ、超低温での管理が求められ、保管で使用するドライアイスをいかに供給するかが円滑な接種実現のカギを握る。安定確保に向けた課題を追った。(八巻高之、小林徹也、吉水暁)

 「国がドライアイスを一括で調達し、供給することを検討している」。今月10日、オンライン形式で開催した有識者会議の席上、厚生労働省の担当者はこう語った。議題は、新型コロナウイルスワクチン接種に必要な物資・流通の確保について。政府としてドライアイスを確保する方針を初めて明らかにした。

 現在、日本政府はファイザー、英アストラゼネカ(AZ)、武田薬品工業と米モデルナと契約し、新型コロナウイルスワクチンの供給をそれぞれ受けることになっている。このうち、AZを除いた2つのワクチンは低温での保管が必須。ファイザーとビオンテックが共同開発したワクチンの場合、マイナス75度Cという超低温下で管理しなければならない。

 国内倉庫で使うディープフリーザー(超低温冷凍庫)については手当てを始めているが、問題は接種会場への輸送や現地での保管方法だ。そこで浮かび上がったのが断熱材入りの保冷箱に定期的にドライアイスを詰めて保管するというやり方。ドライアイスを詰め替えることで、配達後、「約10日間、保管できる」と同省予防接種室の林修一郎室長は説明する。

 優先接種対象者の人数が確定していない、そもそも日本では新型コロナウイルスワクチンの承認が出ていないことなどから、必要なドライアイスの量は「多いと見込むが、具体的に決まっていない」(林室長)。「数万トン規模」(同省関係者)との見方も浮上するが、今年度分については調達には動き出しており、570トンの確保を目指している。

 <夏~秋の品薄定着>

 突如、スポットライトを浴びた格好のドライアイスだが、国内業界関係者の表情は険しい。国内のドライアイスの公称生産能力は年33万5000トンとなるものの、近年、とりわけシーズンである夏から秋にかけ、ドライアイスの品薄が定着しているからだ。原料となる高純度炭酸ガス(CO2)の供給源である製油所や化学工場の統廃合が相次いでいることが背景で、韓国や中国などからの輸入も常態化しつつある。

 大阪ガスグループの長岡炭酸(新潟県長岡市)、日本液炭のように新設備を立ち上げる動きもあるとはいえ、いずれも「年1~2%で伸びている」(メーカー)といわれる内需をターゲットにした取り組み。ワクチン向けは想定外であることから、カバーできるかは未知数だ。さらに先月稼働した長岡炭酸以外の新設備が間に合うかは微妙な状況にある。

 もう1つの不安材料が、ワクチン向けでペレットタイプのドライアイスを求めていることだ。粒状のドライアイスは、樹脂成形品のバリ取りなどの特殊用途がもっぱら。需要は限られているとみられる。加えて本紙が入手した厚労省の仕様書ではペレットも9~16ミリメートルと「あまり流通していないサイズ」(大手メーカー)となっている。仮にドライアイス全体の供給量をまかなえたとしてもペレットという形状が足かせになる恐れが残る。

 海外メディアによると、先行する米国ではドライアイスが5%の需要増になりそうとの観測も出ている。日本の場合、「昨年ほど逼迫した状況でない」(日本産業・医療ガス協会)とはいうものの、タイト基調に変わりはない。韓国などでもファイザーなどが開発したワクチンが使われるようになれば、ドライアイスを輸出に振り向ける余裕がなくなる懸念も否めない。

 <企業に増産を要請>

 目下、ドライアイスが“戦略物資”になる可能性も浮上していることを踏まえ、政府もメーカーへの増産要請に乗り出した。ボトルネックになりそうなペレットタイプについても「増やせないかを打診中」(経済産業省素材産業課)だ。ある国内大手ドライアイスメーカーも「生産拠点の増強や輸入品の安定調達などを行いたい」と応える姿勢を示し、“総力戦”の様相を呈してきた。

 ワクチン接種のピークが、ドライアイスの需要期である夏と重なる公算も大きいなか、官民が密に連携し、ワクチンの流通・保管に必要な量を確保・融通し合える仕組みの構築が喫緊の課題だといえそうだ。同時に企業の設備投資を促すための支援策を政府が用意する必要性も増している。

ワクチンの保管ではペレット状のドライアイスが求められる

ファイザーとビオンテックが共同開発した新型コロナウイルスワクチン(写真は海外治験用)

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